銀行法:他業銀行業高度化等会社設立に向けた銀行本体・銀行グループによる実証実験が可能に!?

金融庁は、2023年6月1日付けで「主要行等向けの総合的な監督指針」や「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を改正し(本稿では「本改正」と呼称する。)、合わせてパブコメの結果を公表した。(詳細はこちら

本改正の趣旨は、「他業銀行業高度化等会社」(「一定の銀行業高度化等会社」を含むとされている。)設立に向けて、銀行本体を含む銀行グループにおいて、採算性・事業継続性を検証するための実証実験を行う場合の考え方を明確にするというもの。

<注>
他業銀行業高度化等会社とは、IT技術等を活用した、銀行業の高度化、利用者の利便性向上、地域の活性化、その他持続可能な社会構築に資する業務を行うための会社(銀行法第16条の2第1項第15号、同法第52条の23第1項第14号)のうち、いわゆるFintechを行う会社や地域商社その他従前「従属業務」(銀行法第16条の2第2項第1号)に位置付けられていた業務を行う「一定の銀行業高度化等会社」(銀行法施行規則17条の4の3)を除く会社を意味する。2021(令和3)年5月19日成立/同年11月22日施行の銀行法改正(本稿では「2021年法改正」と呼称する。)により導入された概念。

例えば、千葉銀行子会社の再生エネルギー電力事業を営む会社りそなホールディングス子会社の教育と農業を掛け合わせたコンテンツ作成等の事業を営む会社等がある。

他業銀行業高度化等会社設立に向けた銀行本体・銀行グループによる実証実験が可能に


本改正の意義

2021年法改正により、銀行本体が行う業務の幅も従前より広くなっており、いわゆる登録型人材派遣業、システム・プログラムの開発・販売業、広告業等が地域の活性化等に資する業務として認められるに至った(銀行法第10条第2項第21号、同法施行規則13条の2の5)。

その際にも、「一定の銀行業高度化等会社」の設立に関してではあるが、銀行本体が地域の活性化等に資する業務として一定の実験(スモールスタート等)を行った後に設立することの可否について、考えられるとのパブコメ回答もあったところである(2021年法改正の際のパブコメNo.107)。なお、このパブコメの質問自体は愚問であり、地域の活性化等に資する業務は銀行本体が付随業務として行えるものであるため、あえて問い合わせるまでもなくできるのである。

2021年法改正の際のパブコメNo.107

他方で、「他業銀行業高度化等会社」の業務は、文字どおり銀行本体や銀行グループから見れば完全に他業であり、銀行本体や銀行グループにおいて実験を行うことすら躊躇われたものである。

本改正は、次に示す理屈によって、銀行本体・銀行グループによる「他業銀行業高度化等会社」の設立に向けた実証実験を行うことの途が開けたという意味で意義があるものと考える。

なお、銀行グループにおいては特に人的・物的資本力が大きい銀行本体における実証実験のニーズが強いものと考えられる。

本改正の内容

本改正の内容は次のとおりである。なお、ここでは「主要行等向けの総合的な監督指針」の例を挙げるが、「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」においても同様の改正が行われている。

Ⅴー3ー3ー4 (1)
(注3)他業銀行業高度化等会社の設立に向けた準備行為として、銀行本体をはじめとした銀行グループにおいて実証実験を行う場合には、他業禁止の趣旨及び本指針における実証実験の位置付けを踏まえて、当該実証実験の内容及び規模、予定される実証実験の期間、対象者を必要な範囲に限定するほか、当該実証実験に伴うリスク等を個別具体的に検討し、銀行や銀行グループの健全性及びその業務の適切な運営に影響を与えないよう留意すること。

https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20230601/002_2.pdf

ここでいう「実証実験」とは次の意味をもつ。

※1 ここで言う「実証実験」とは、他業銀行業高度化等会社の設立の適否を経営陣が判断するにあたって、当該他業銀行業高度化等会社において実施予定の業務に係る採算性・事業継続性を検証することを目的に、銀行本体や当該銀行のグループ会社等において、当該他業銀行業高度化等会社の設立に向けた準備行為の範囲で当該業務と同等の行為を試験的に実施することを指す。なお、銀行は、実施しようとする実証実験が、当該銀行や当該銀行グループの健全性及びその業務の適切な運営に影響を与えないことを自ら挙証する必要があることに留意すること。

https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20230601/002_2.pdf

ここでは「設立に向けた準備行為」や「設立の適否を経営陣が判断」とあり、あたかも「設立」のための準備行為のみが許容されるように読めるが、既存の他業銀行業高度化等会社の新事業のための準備行為も許容される(本改正に関するパブコメNo.28、No.29)

なお、あくまで他業銀行業高度化等会社の設立を見極めるための実証実験であるため、「なんでもかんでも」できることにはならない。他業銀行業高度化等会社は、冒頭の注にも書いたとおり、IT技術等を活用した、銀行業の高度化、利用者の利便性向上、地域の活性化、その他持続可能な社会構築に資する業務を行うための会社であり、「八百屋」や「魚屋」等がこれに含まれることは極めて稀だと考えられるためである。(本改正に関するパブコメNo.20)(よく考えて質問すべきである)

本改正に関するパブコメNo.20

他業禁止規制との関係

銀行は、次の3つの趣旨から、他業を営むことが禁止されている(銀行法第12条、主要行等向けの総合的な監督指針Ⅴー3ー1(1))。これを他業禁止規制と呼んでいる。ここでは踏み込まないが、かかる趣旨が現在の銀行が置かれている状況において適切かどうかは議論があり得るところである。(例えば、金融庁金融研究センターの論稿や2021年法改正に際して行われた金融審議会「第2回 銀行制度等ワーキング・グループ」の資料1を参照)

  1. 異種リスクの混入防止

  2. 本業専念による効率性発揮

  3. 利益相反防止

加えて、銀行の子会社には、銀行の他業禁止規制の潜脱防止のために業務範囲規制が課せられており(銀行法第16条の2)、更に銀行持株会社はグループの経営管理やグループ内の会社の共通・重複業務しかできないよう他業禁止規制が課せられている(同法52条の21第2項、52条の21の2)。

そこで、銀行本体や銀行グループにおいて「他業銀行業高度化等会社」を設立して行わせるべき他業を実験として行うことが、この他業禁止規制や業務範囲規制に抵触しないかどうかが重要な論点となるのである。

本改正の理屈

本改正の内容からは必ずしも理屈が明らかではないが、本改正に伴うパブコメにおいてその理屈が明らかになっている。引用すると次のとおりである。

今回の改正は、銀行及び当該銀行のグループ会社等において、設立を目指す銀行業高度化等会社で実施予定の業務と同等の行為を試験的に実施することができるか明らかではなかったため、当該行為が銀行法上の「業務」には該当せず、行うことができることを明確化したものです。

https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20230601/001.pdf

この点、金融庁は、「業務」や「業として行うこと」の定義について、各所において次のように表現している。(この定義についても議論はある)

Ⅰー1−2−2①
(資金決済に関する法律)第2条第15号に規定する「業として行うこと」とは、「対公衆性」のある行為で「反復継続性」をもって行うことをいうものと解される」

第三分冊:金融会社関係 16.暗号資産交換業者関係

(金商法第2条第8項各号について)「業として」行うことが「金融商品取引業」の要件とされており(同項柱書)、一般に、「対公衆性」のある行為で「反復継続性」をもって行うものをいうと解されている

2007(平成19)年7月31日結果公表「金融商品取引法制に関する政令案・内閣府令案等」に対するパブコメ●定義(金融商品取引業)〔第2条第8項〕No.3

これらと本改正の内容を合わせて要約すると次のように表現できる。

他業銀行業高度化等会社を設立するかどうかを見極めるために行う銀行本体での実証実験は、あくまで設立に向けた準備行為としての試験的な行為であり、そこには「対公衆性」又は/及び「反復継続性」が欠けるため、銀行法第12条が禁ずる「他の業務」に該当せず、他業禁止規制には抵触しない。
ただし、他業禁止規制の趣旨を踏まえ、実証実験に伴うリスクを検討し、銀行や銀行グループの健全性や業務の適切性に影響を与えないようにしなければならない。

この理屈は理屈としては理解できるが、準備行為としての試験的な行為だからといって、特に反復継続性が否定できるのかは疑問である。
とはいえ、多くの実証実験は、公衆に向けて行うことはせず、自社内及び特定のパイロットユーザーに対してのみ行うことから、少なくとも対公衆性が否定できるということだろう。

なお、あくまで実証実験であれば、ユーザー(おそらくパイロットユーザーであろう)から対価を得ても問題ないとのことである(本改正に関するパブコメNo.22)。

銀行子会社や銀行持株会社による実証実験

本改正の内容には、「銀行子会社」や「銀行持株会社」という用語は一度も出てきていないが、次のような記載があり、また本改正の理屈からしても、銀行子会社や銀行持株会社による実証実験も可能と考えられる。

(注3) …銀行本体をはじめとした銀行グループにおいて実証実験を行う…銀行や銀行グループの健全性及びその業務の適切な運営に影響を与えないよう留意…
※1 「実証実験」とは…銀行本体や当該銀行のグループ会社等において…

https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20230601/002_2.pdf

まず、銀行法においては「銀行グループ」とは、銀行及びその子会社の集団をいうとされており(同法16条の3第1項)、また監督指針においては「銀行グループの範囲」は、「銀行持株会社又は銀行の企業会計上の連結基準…と整合的な取扱いとする」とされており(主要行等向けの総合的な監督指針Ⅴー1(2))、銀行子会社や銀行持株会社も実証実験を行う主体として含まれていると考えられる。

ちなみに、銀行子会社や関連会社、銀行持株会社は「銀行のグループ会社」に含まれるとされている(本改正に関するパブコメNo.25〜No.27)。

また、銀行子会社や銀行持株会社は、業務範囲規制や他業禁止規制が課せられているとはいえ、いずれも「他の業務」に該当しなければ問題ないところ、本改正の理屈からすれば、実証実験は「業務」に該当しないとのことであり、銀行子会社や銀行持株会社においても実証実験を行うことは可能と考えられる。

以上


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?