ボードゲーマーに贈る「カエサル!」の歴史的背景


ボードゲーム「カエサル!」とは

 テンデイズゲームズ/英PSC Gamesより発売されているボードゲーム「カエサル! 20分でローマを掌握せよ!(原題:Caesar!: Seize Rome in 20 Minutes!)」は、古代ローマを舞台にカエサルまたはポンペイウスになってローマの覇権を競う2人用ゲームです。

 タイトルにもなっているカエサルとは、古代ローマの共和政ローマ末期の執政官で、後の帝政ローマの礎を築いた人物のことです。また「賽は投げられた(Ālea iacta est.)」とか「来た、見た、勝った!(Veni, vidi, vici.)」とか「ブルータス、お前もか……(Et tu, Brute?)」とか言ったことでも有名です。皇帝を意味するドイツ語の「Kaiser」やオランダ語の「keyser」、ロシア語の「Царь / Tsar」等の語源となった人でもあります。と言うよりも、たぶん英語読みの「ジュリアス・シーザー」の方が通じるのではないでしょうか。
 ちなみに「賽は投げられた」は、ラテン語文の「アーレア・ヤクタ・エスト」として2022年から2023年にかけて放送されたアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で何度か使われたので、聞いたことある人はそこそこいると思います。

共和政ローマの三頭政治からローマ内戦まで

 共和政ローマから帝政ローマ辺りの歴史を詳しくなぞるのは、日本の幕末から明治維新をなぞるくらい状況が複雑で情報量が多いので、ここではボードゲームの背景となっているカエサルとポンペイウスの関係に焦点を絞って紹介します。

 ポンペイウスことグナエウス・ポンペイウス・マグヌスは、共和政ローマで執政官を務めた父を持ち、政情不安定だった当時のローマ各地で数々の戦功をあげました。そのため当時の権力者たちに一目置かれ、対立する権力者の両方に重宝される一方、「向こうに味方しただろう」と不遇に供されることもありました。やがてそれらの権力者が亡くなると執政官に就任、ヒスパニア(現在のスペイン・ポルトガル辺り)や地中海、ヨーロッパに近い小アジアやオリエントなどを征服し、共和政ローマの領土を拡大しました。しかし彼の功績に対し、共和政ローマの統治機関である元老院は報奨を与えなかったため、ポンペイウスはライバルであったクラッススやカエサルと手を組むことにしたのです。

 一方のカエサルことガイウス・ユリウス・カエサルは、共和政ローマで法務官や属州総督を歴任した父と執政官を幾人も輩出した名家出身の母を持つエリートでした。
 古代ローマ最大の野心家とも言われた彼は、父が亡くなり後を継ぐと、青年の間は何度か移り変わる権力者の近くに巧みに居続け、ポンペイウスが元老院と対立したことでポンペイウスからバックアップされ執政官に就任しました。当時のカエサルは突出した実績はないものの民衆から絶大な支持を受けており、それ故にポンペイウスにとっては都合のいい人材に見えたのかも知れません。同時にクラッススも執政官に就任し、ポンペイウス、クラッスス、カエサルの三人が手を組み元老院に対抗する「三頭政治」体制が整いました。

 その後、カエサルはガリア人との戦いに勝利してポンペイウスに匹敵する勢力となり、元老院から警戒されることになります。そしてクラッススの死を切っ掛けにポンペイウスとの対立が表面化、ガリア属州からローマへ戻る途中、ルビコン川を目前に「賽は投げられた(Ālea iacta est.)」と言って川を越え、ポンペイウスや元老院との内戦を始めます。
 カエサルがルビコン川を越えた頃、ポンペイウスは自軍と離れたローマにいたため対抗手段がなく、勢力基盤であるギリシアに逃れましたが、追ってきたカエサルとの戦いに敗れます。更にエジプトへ逃走したポンペイウスは、当時エジプトを統治していたプトレマイオス13世の側近によって暗殺されました。
 数日後、ポンペイウスを追ってエジプトに到着したカエサルは、エジプト軍からポンペイウスの首を差し出されて、エジプト軍の使いを殺し、ポンペイウスの死を悲しんだと言われます。

 その後カエサルは、エジプトでプトレマイオス13世と共同統治者である姉で絶世の美女と謳われるクレオパトラ7世との覇権争いに巻き込まれ、最終的にクレオパトラ7世に味方してエジプトを安定させると、部下が反乱軍に負けたとの報告を受けてローマに帰還。かつてポンペイウスに征服された小国からなる反乱軍を破り、ローマへ「来た、見た、勝った!(Veni, vidi, vici.)」との戦勝報告を送ったそうです。その後もローマから逃れた元老院の残党やポンペイウスの息子小ポンペイウスらとの連戦に勝利し、これを一掃、ローマの内戦を終結させます。またこの頃エジプトから、クレオパトラ7世と息子カエサリオンをローマに招いたこともあったそうです。

その後のカエサル

 こうしてライバルがいなくなったカエサルは終身独裁官に就任し、共和政ローマの改革を始めます。しかし元老院の機能や権力を低下させ、独裁体制を強めたカエサルに危機感を抱いた有志は、ポンペイウス劇場で開かれる会議に出席するカエサルを前もって腹心などから引き離したうえ、劇場の建設者であるポンペイウスの像の下で彼を刺殺しました。
 有志の中には、カエサルの愛人の息子であったブルータスことマルクス・ユニウス・ブルトゥスも含まれており、その姿を見たカエサルは「ブルータス、お前もか……(Et tu, Brute?)」と言ったそうです。ちなみに「ブルータス」は英語読みで、シェイクスピアの戯曲でこの台詞が定着したとも言われており、元々の言葉は「息子よ、お前もか? (καὶ σὺ τέκνον;)」だったと言う説もあります。
 このマルクス・ユニウス・ブルトゥスとは小ブルトゥスとして知られる人物で、ローマに共和政を布いた立役者ルキウス・ユニウス・ブルトゥスの子孫でした。偉大な父・大ブルトゥスを幼少期に失い、カエサルを父として育った小ブルトゥスですが、祖先が築いた共和政を義父カエサルがぶち壊そうとしていたのを目の当たりにして、どんな気持ちだったのでしょう。
 またカエサルは、生前から「ハゲの女たらし」として知られていましたが、ポンペイウスと手を組む際に嫁がせた娘と、クレオパトラ7世との間に生まれた息子カエサリオンの他に子供がおらず、小ブルトゥスを実の息子のように溺愛していたと言います。

「三頭」のもう一頭、クラッスス

 ボードゲーム「カエサル!」では、ソロモード用の仮想対戦相手が用意されており、その名も「オート-クラッスス」。と言うことで、三頭政治のもう一人であるクラッススについても触れておきます。

 クラッススことマルクス・リキニウス・クラッススは、執政官の父の下、三人兄弟の末っ子として生まれました。しかし権力争いに伴うローマ占領に巻き込まれて父や兄は死亡、財産も失い、別の権力者の庇護を受けます。この上司がローマを占領し返すと、クラッススは政敵の財産を安く買い叩いたうえ、有能な人材に管理を任せ、更に売買情報をいち早く仕入れて財産を買い増したため、ローマの大部分の土地を手に入れ、ローマで一番の大富豪になったそうです。
 次にクラッススは、豊富な財産で軍を訓練しスパルタクスの反乱を鎮圧しますが、戦功をポンペイウスに横取りされたことで、ポンペイウスとの確執が深まりました。
 資産があり、名家の血筋でもあったクラッススは、反乱を鎮圧したことでポンペイウスと並ぶ権威者となり、元老院の失墜を目論むカエサルに推され独裁官への就任を計画されるものの、実行はされませんでした。なおクラッススとカエサルの仲は非常に良好で、カエサルの借金をクラッススが立て替えたりしたこともあったそうです。
 ポンペイウスとは誰もが知る犬猿の仲だったそうですが、やがて彼が元老院に不満を抱くようになると、カエサルの仲介で手を組み「三頭政治」を行うことになります。
 しかしクラッススはその後、スパルタクスの反乱鎮圧以来20年も軍功を上げていないことを気にして、ポンペイウスも失敗したパルティア(古代イラン王朝)の征服を目指したものの敗戦し、パルティアとの交渉に罠と知りつつ応じて殺されたそうです。

IF戦記「カエサル!」

 外箱に「ローマ内戦中」との記述があり、ポンペイウスが生きていることを考えれば、ボードゲーム「カエサル!」は紀元前49~48年が舞台になってるのでしょうか。
 更にローマ内戦でカエサル軍とポンペイウス軍が直接戦闘したのは、紀元前48年7月10日に起きたデュッラキウムの戦い(ポンペイウス軍の勝利)と、紀元前48年8月9日に起きたファルサルスの戦い(カエサル軍の勝利)だけです。ファルサルスの戦いに敗れたポンペイウスはエジプトへ逃走し、殺されてしまいます。
 前者デュッラキウムの戦いでは、寄せ集めな自軍の勝利を信じられなかったポンペイウスが罠を警戒し掃討戦をしなかったことでカエサルは命拾いしており、カエサル自身「あの時追撃されていたらポンペイウスの勝利だった」と回想しているそうです。この状況を考えても、モチーフになっているのはデュッラキウムの戦いの直前くらいかも知れません。

 ただ、史実のポンペイウスは前述の通り、カエサル軍がローマに迫ったとき自軍をローマ近辺に置いておらず、ギリシアまで逃げてますので……
 あれ? このゲームもしかして、歴史的背景とか全く関係なく、単にゲームを分かりやすくするためにカエサルとポンペイウス使っただけだったりしない!?


寄付のお願い

 本記事は全文無料で読めますが、もし記事を気に入ってくださったなら、以下からサポートをお願いします。

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?