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「教誨師」

映画「教誨師」の感想です。Amazonプライムで配信中。映画公開当時、私は乳幼児の双子育児中で見に行けなかったので、今回配信で見ることができ…感涙でした😭

「教誨師」は大杉漣さん最後の主演、兼プロデュース作品です。

大杉漣さんは死刑囚6人と対話する牧師役。受刑者に教えを説き、カウンセラー的な役割をする人が教誨師です。様々な宗教の教誨師がいて、受刑者は宗教を選べます。

この牧師は新米牧師。教誨師に、しかも死刑囚の教誨師に、という依頼が新米牧師に来ることは、現実ではあまり考えられないように思うのですが、おそらく新米で不器用な牧師が人として、牧師として成長する姿を描きたかったのかな、と思いました。

牧師は最初、牧師という「立場」で死刑囚と接します。それが死刑囚を警戒させ、死刑囚からの反発を招いたりしてしまう。ところが牧師が徐々に「自己」を開示し始めると、死刑囚の態度も変わってくるのです。

死刑囚の人生は苦難の連続ですが、牧師もまた壮絶な生い立ちだということが明かされます。

死刑囚の何人かは、実際にあった事件の犯人を想起させます。もう途中から「絶対そうだ!」と確信に変わり、そうとしか見られなくなる、という方は多いはず…

牧師と死刑囚の面談シーンから、「この死刑囚は死刑に値する罪をおかしたのか?」「もしかして冤罪ではないのか?」と考えられる人が出てきます。死刑制度のあり方を考えさせられ…ズシーンと重い気持ちになります。

映画はずーっと牧師と死刑囚との面談シーンが続き、最後にようやく牧師が外に出るシーンがあります。今までの閉塞感を打ち破る解放的な「外」の風景。牧師と死刑囚は面談室で場を共有しているけど、牧師は外に出られ、死刑囚は外に出られない。その事実を印象づける対比が見事です。

死刑囚が牧師に贈った聖書の一節「あなたがたのうち、だれがわたしに罪があると責めうるのか」は、イエスを信じられないユダヤ人に向けて、イエスが話した言葉です。映画には出てきませんが、これに続く言葉は、「わたしは真理を語っているのに、なぜあなたがたは、わたしを信じないのか」。

この一節がこの映画の主題なのだ、と感じずにはおれません。この映画は、「生きるとは」「罪とは」を問いかける映画だと批評されたり、レビューされていますが、私はキリスト教が教える愛や癒し、赦しの概念を強く感じました。

この映画を見た後、もう衝撃で、考えさせられることが多すぎて、しばらく眠れませんでした。

俳優さんたちは、私は知らない方が大半でしたが、みなさん素晴らしかったです。一番若い死刑囚役の俳優さん、玉置玲央さんは舞台出身らしく…(ググりました)。やはり舞台俳優さんは声が通り、小さい声でもよく聞こえる。また360度観客に見られる、逃げ隠れできない舞台で一発勝負の世界に生きているからか、TV出身の俳優さんとは深みが違う気がします。

「主役の人気頼みの、うっすい内容の邦画」が多い昨今、ひさびさに「脚本にあった俳優を連れてきている邦画」を見た気がします。そう、絶世の美女やイケメンが出ていなくても、これだけ深い印象を残せるのだ!映画ってこういうもんや!とひとりで息巻いてしまいました。

そして改めて思うのは…つくづく惜しい人を亡くしたということです。大杉漣さん、なんて素敵な俳優さんなんだ…合掌。

ぜひ多くの方に見ていただきたい作品です。


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