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チュチュとの出会い

 2年前の1月某日、私はひどくいらいらしていた。
 病院で処方箋を間違えられた上、再発行の手続きを事務の人が忘れていて、受け取りに1時間もかかって、まったくの不運でやり場のない怒りをもてあましていた。
 そうだ、猫カフェにでも行こう!可愛い猫を見たら癒されるだろう!
 そう軽い気持ちで保護猫カフェに行った。

 ひとりで保護猫カフェに入ると、カップルや常連らしきおじさんが楽しそうに猫と遊んでいた。少し虚しくなったけど、まあ猫は見ているだけでもかわいいし、ひとりでも楽しめるだろうと気を取り直した。
 店員さんが気を遣っておもちゃを渡してくれたけど、遊び方もわからず、しょうがないから猫でも眺めていようとホットカーペットの上に座った。
 ホットカーペットには3匹くらい猫がいた。ホッカペの猫は遊ぶよりも寝ることが好きみたいで、おもちゃを振ってみても反応なし。触るのは問題ないらしく、そっと撫でた。
 しばらくぼーっとしていると、小さな猫がやってきた。
 白くて毛が長い。頭にこげ茶のブチがある。ふさふさの尻尾は頭のブチと同じこげ茶色。子猫というには大きいけど、成猫というには小さい。おそらく人間で言えば中学生くらいなのかな、と思った。
 やたら見つめてくる。私も見つめ返したが、そういえばどこかで聞いた話によると、猫は目をじっと見合わせるより、ゆっくりまばたきをしながら半目でいる方が友愛の気持ちを伝えられるらしい、と思い出して、ぱちぱちとまばたきをして目を細めてみた。
 すると何かが通じたのか、その小さい猫は私の膝に手をついて、顔を近づけてきた。そして、マスク越しの鼻先にチュッとキスをくれて、私の膝に頭をあずけてくうくう鼻を鳴らした。

 これがチュチュとの出会い。

 家に帰ってすぐ、同居の彼氏に「飼いたい猫がいる」と相談した。猫好きの彼は、善は急げと、その週のうちに一緒に猫カフェに行ってくれた。
 しかし、あの猫がいない。店員さんに聞いてみると、風邪を引いて裏にいるという。今日は会えないのか、と肩を落としていたら、店員さんが気を利かせて裏から連れてきてくれた。
 抱っこしてみますか、と言われ、もちろんですと答えた。あの猫は私の腕の中におさまり、風邪でだるいのか全体重を預けてきた。

 私も彼氏もすっかりとりこになって、飼うことを即決した。

 しかし、当時住んでいた家はペット禁止だった。まずは引越しからだ!と物件を探しあて、そこからは勢いにまかせて2ヶ月もしないうちに引越した。あの子と暮らしたいという思いに突き動かされていた。

 引越しまでの間、足繁く猫カフェに通った。風邪から回復した猫は、意外とおてんば娘だったらしく、常にぴょんぴょん飛び回っていた。でも、ほかの猫が近くにいると少し遠慮するようだった。

 一度だけ、膝に乗ってくれた。まっすぐこちらへ歩いてきて、当然のように私の膝の上で丸くなった。店員さんによれば、膝に乗ることはほとんどないらしい。もしかして、私たちが飼い主になることわかってるのかなーなんて、彼氏と話した。

 名前は、チュチュになった。意味より語感のかわいさを重視した。なにより初めて会ったときのチュが忘れられなかった。

 そうこうしているうちに、ついにお迎えの日になった。

 家に着いて、猫用リュックのジッパーを開けたときの気持ちが忘れられない。あの子が家にきた!なんて幸せなんだろうと思った。

 チュチュはしばらくキョロキョロして、おずおずと部屋を見回したあと、ソファの裏に駆け込んで籠城をはじめた。お迎えしたての反応としては一般的らしい。

 ソファと壁の隙間に隠れてしまったチュチュに、どうしても触りたくて手を伸ばしてみた。するとチュチュは私の手に顔をすりすりと擦りつけて、ごろごろと言い出した。新しい住処が怖いけれど、ひとまず人間には警戒心を持たずに済んだことに安心した。なにより、怖くても甘えてくるそのいじらしさがたまらなかった。

 翌日にはすでに甘えん坊になっていた。
 ベッドの上に寝転がって、エアーふみふみをしていた。とんでもなくかわいい子が家に来てしまった、と思った。

 2年の節目に出会いについて回想してみた。あの日、処方箋を間違えられなかったら、事務の人が私の処方箋を出し忘れなかったら、私が寛容でいらいらしなかったら、猫カフェに行くこともなかったと思うと、本当に不思議だ。少しくらい嫌なことがあっても乗り切れるのは、チュチュとの出会いから学んだおかげだ。嫌なことが、ものすごい幸福を連れてくることがあるんだと。

 2年間毎日まいにちかわいいと言い続け、おてんばに育った。甘やかしていたら少々わがままになってしまったが、それもまたかわいい。

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