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好きなアルバムその2 『よすが』

 今回選んだ好きなアルバムは、カネコアヤノが2021年に出した五枚目のアルバム『よすが』。カネコアヤノの最高傑作は『燦々』だと信じて疑わないわたくしですが、前回語ったスピッツ『空の飛び方』と同じく、思い入れという点においてずば抜けているアルバムなのです。

 まず、自分がカネコアヤノに出会ったのは2020年。大学入学と共にコロナ禍が始まり、前期の授業は全てオンラインorオンデマンド、構内は立ち入り禁止、という状態。華の大学生活を夢見て必死に受験勉強を頑張ったのに、誰とも会えず一人下宿先に閉じ籠る日々で、精神的にかなり参っていた。そんな時に舞い降りたひとりの天使、それがカネコアヤノだった。大原櫻子とか藤原さくらとか家入レオとか、(ろくに曲も聴いていないのに)その辺の女性シンガーソングライターに(当時は)ウンザリしていたけど、カネコアヤノの太い声とパワフルなギターは他の人たちと全く違っていたし、ライブとかインタビューを掘れば掘るほど、カネコアヤノの見た目、ファッションや髪型も堪らなく好きになってしまい、多くのカネコアヤノファンと同様に恋に落ちた。

 そんな折に発表されたのが『よすが』。新曲が沢山聴けるのが楽しみである一方、ジャケットが『祝日』のデコレーションされた目や『燦々』の猫ちゃんに比べて地味で、しかもそれら二枚があまりに傑作すぎるので、どうなるんかなあという一抹の不安もあり。

 しかし!いざ聴いてみると、ちゃんと良かった。悲しみや諦めが丁寧に綴られていて、「そうか、みんな苦しいよな」と独りにならずにいれたし、ただの癒しや安らぎではなく、友達のいない大学に毎日通うためのエナジーも与えてくれた。あの頃の自分には(と言ってもたかが三年前ではあるが)、痛みを一つずつ克服するために必要なアルバムだった。「よすが」という言葉も恥ずかしながら我が辞書に載っておらず、最初はなんだこれと思っていたけど、「このアルバムマジで俺のよすがやわ~」と今ではよすが連発してる。


M1. 抱擁 ★★★★★

 "抱擁"の二文字を見るとどうしても呉美保監督の傑作『きみはいい子』を連想してしまう。『きみはいい子』では抱擁がちょっとした癒しであり、不幸の連鎖を断ち切る救いでもあり。虐待やネグレクトなど題材は重く、解決できると断言している映画ではないけど、抱擁による温もりが心を動かし、何か明るい方向へ世界を変え得ると示していて、コロナ禍に観た自分にとってはすごく重要な一本になった。
 そして「抱擁」というタイトルのこの曲もまた、自分の中で特に重要な曲で、というのも、初めて行ったカネコアヤノのライブが『よすが』のアルバムツアーで、その一曲目がこの「抱擁」だった。客席のライトが落ち、ゆっくりと舞台に現れるメンバー。ドラムがタッタタ タタタ タタタタタと鳴ってからのギター。家では何気なく聴いていたイントロだったけど、あのギターの音が耳に直で届いた瞬間、身体がふっと温かくなって、柄にもなく泣いてしまった。あの日以来涙腺が緩くなった気さえするし、あの体温の上昇は"抱擁"以外の何物でもなかった。
 また、この曲は確かアルバムが出る前にMVが公開されて、一気に『よすが』への期待が高まった記憶がある。MVのカネコアヤノの涙、赤い鼻の先、口を顰めた時に現れるほうれい線、少し動きの鈍い手。演技も神がかっているし、あの表情を収めた奧山由之も天才。カネコアヤノのMVで一番好きだ。



M2. 孤独と祈り ★★★☆☆

 タイトルのカネコアヤノっぽさよ。低ーいベースの音と低ーいボーカルから始まる感じはあまり好きじゃない。けど逆に終わり方が好きで、Cメロを最後に持ってきてからの、演奏が盛り上がっていった後「よいしょ!」と終わる感じが、始まり方との対比のようになっていて大変良い。必要最低限かつ的確な仕事をする林さんのギターにも聴き惚れる。
 それから、歌詞に出てくる「映画」が何を指すのかとても気になるところ。『マルホランド・ドライブ』と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が自分の引き出しにある"最後に女性が死ぬ映画"候補だけど、以前カネコアヤノが雑誌でプッシュしていた韓国映画『オアシス』がそれなのかもしれない。自称シネフィルとしては観ておきたい。


M3. 手紙 ★★★★☆

 かなり存在感の薄い曲だと思いつつ、意外と好きな曲でもある。全部の音が優しく、とろーんとしていて眠たくなる感じが、コロナ禍の、家で何もすることがなくてベッドの上でゴロゴロしている時間を思い出させる。「久しぶりに食べた果物みたいな気持ち」というフレーズも、正直あんまりよく理解できていないけど凄いと思う。、、、あやふやな感想で申し訳ない。


M4. 星占いと朝 ★★★☆☆

 この曲は割と明るい曲なんだけど、音の抑え方とか盛り上がりきらない感じがして、だからこそ『よすが』に暗い印象があるんだと思う。ギターの音とかホントに綺麗で、淡いコーラスも素敵。ライブで、二番の歌い出しのところのカネコアヤノの身振りが可愛かったな。


M5. 栄えた街の ★★★★★

 このアルバムで一番好きな曲。これは恐らく、あくまで恐らくだけど、ファンの八割は同じ意見だと思う。「今年はもうきっと何処へも行けない」という、あからさまにコロナ情勢の反映された暗い歌い出しなのに、カラッと明るくて、でもそれは無理や痛々しさのない自然な明るさで、アルバムの中でも決して浮いていない。しっとり悲しい歌もいいけれど、やっぱりこういう軽やかさがカネコアヤノの魅力だなっ!と思う。


M6. 閃きは彼方 ★★★★☆

 この曲も歌詞に閉塞感があってコロナ禍の曲だなあという印象がある。でも「やりなおせるよ 元通りじゃない」という歌詞に、元通りにはならずとも、何か新しい価値観で新しい世界が創造できるんじゃないか、この停滞は決してネガティブなだけではない、という希望を感じるし、その言葉や意思はカネコアヤノの繊細で力強い歌声が支えるからこそ輝く。マンドリンやバンジョー、アコーディオンの妙な寂しさを与える演奏も、他の楽曲にはない魅力だと思う。


M7. 春の夜へ ★★★☆☆

 メロディーが素晴らしいのはさることながら、カネコアヤノのボーカルも凄い。Aメロの一音一音発音が甘くて揺れている(ふるえている?)部分がとても好きで、それが後ろで鳴っている甘いギターの音と混ざって、不思議な、微睡のような感覚をもたらす。一方、サビやBメロの歌声は力強い。春の夜って、「新生活かんばろう!」という気持ちと「新しい世界の新しい人間関係、もう疲れちゃったよ…」みたいな二つの気持ちがあって、両方の気持ちに寄り添ってくれる曲だなと思う。


M8. 窓辺 ★★★★★

 前言撤回。『よすが』で一番好きな曲、これでした。カネコアヤノで一番好きな曲が『燦々』の「車窓より」という曲で、その流れにある一曲だと思う。姉妹作品というか、続編というか。非常に寂しく悲しい美しいイントロから始まる時点で只者ではない感が漂っているけど、何より歌詞が素晴らしすぎる。

時計の針が遅れたまま
気づかず ひとり遅れた
歩くのが遅いから私は合わせられない

カネコアヤノ「窓辺」より

 この歌詞が辛すぎて、俺はもう、もう、、、。多分この部分は恋人との関係というより、もっと過去の記憶、学生の頃の集団行動とか日常会話での、周りとのズレ、歩幅の合わなさを歌っているんだろう。自分は割と協調性のあるタイプではあるものの、心の中では「周りと違うな…」と思う瞬間も人生にたくさんあったし、また、クラスのどんくさい奴、変な奴に内心共感しながらも、自分の保身のために彼らを嘲笑うような卑劣なこともしてしまったし…。だからこそ、この歌詞には胸がざわざわしてしまう。共感したいけど、共感する権利は自分にはない。そういうことを思ってしまう。
 ダメだ、自己憐憫っぽいイタい感想になってしまう。この曲は悲しみいっぱいの曲だけど演奏が本当に美しく、最後には悲しみが願いに変わる歌詞も素敵で、とにかく!アルバムで一番お気に入りの曲なのです。


M9. 腕の中でしか眠れない猫のように ★★★★☆

 このアルバムで一番ロックな曲。ライブで聴いた時、「真っ赤なギターに~」の下りの爆発力が凄すぎて鳥肌が立った覚えがある。
 初めはそんなに好きな曲じゃなかったけど、大学の先輩がカネコアヤノで一番好きな曲だと言っていて、そこから自分の評価も変わっていった。そういうことあるよねえ、親しい人とか好きな人、憧れの人が褒めてると印象がガラッと変わること。ちなみにその先輩は、元カノがカネコアヤノにそっくりだから、という理由でカネコアヤノを好きになったらしく、そのエピソードが悔しすぎて、以降一度もカネコアヤノの話はしなかった。元気かな。


M10. 爛漫(album ver.) ★★★★☆

 この曲の力強さにも救われる。力強い歌声、力強い歌詞。コロナ情勢の反映された、物悲しくて閉塞感のあるアルバムの終盤に、生命を称えたこの曲が配置されるからこそ、辛かった時期を乗り越えられたのだと思う。終わり方も儚くて良い。


M11. 追憶 ★★★★☆

 ボーナストラックみたいな短い曲で、流れた涙を拭くためのティッシュがすっとさりげなく差し出されるような、そんな感じの曲かな。初めて行ったカネコアヤノのライブで、全部の曲が終わった後にバンドメンバーが舞台からはけて、カネコアヤノひとり、スポットライトを浴びながらこの「追憶」を歌う演出は見事だった。もう天使にしか見えなかったもん。あの日の赤ジャージ&ジーパンのコーデ、めっちゃ好き。



 ということで、思った以上に書きながら熱が入ってしまったけど、アルバムだけでなく、コロナ禍を振り返るいい機会にもなった気がする。にしても、書きすぎたかもしれない。疲れた。およそ4000字、これが最長になればいいけどなあ。


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