稲垣良典『トマス・アクィナス『神学大全』』(講談社選書メチエ、2009年)を読んで。

 本書は著者のトマス研究の中で最も手に取りやすいトマス哲学入門である。著者の仕事には硬質な『トマス・アクィナス哲学の研究』や『トマス・アクィナス倫理学の研究』といったトマスの名を冠した研究のみならず、主著である『習慣の哲学』や現代の人格論の再考を促す『人格の哲学』といったトマスの根本思想を掘り下げる著書の数々が中世研究の棚の一角を占めている。著者による一般向けのトマス紹介には既にそれぞれに特色のある、伝記に特化した清水書院のものと、現代における思想性に力点を置く勁草書房のものと、全著作の紹介に重点を置く講談社学術文庫のものとがある。本書はそのテクストの成立からもうかがえるように、著者の長年のトマス研究の成果をもとに修道院のシスターへ向けた入門的な内容を纏めたものであるため、その時の質疑応答をも背景とした対話型の紹介になり得ている点で他書とは一線を画す。とはいえ、トマス思想を現代への挑戦と捉えることにおいては勁草書房の思想紹介と地続きのものと言えるかもしれない。
 本文において印象的に述べられているように、本書は『神学大全』を一冊の書物として現代への挑戦の書として読むことに特徴がある。その具体的な議論は本書を実際に紐解いてもらうほかないのだが、現代のものの見方ないし存在論の陥穽を明らかにすると同時にトマス形而上学の蔵する豊かさを提示するものとなっているのである。具体的に言えば、存在の秩序において神の働きをどこに見出すかということにおいて、私たちが自明としがちな存在観の一面性を明らかにし、キリスト教的創造論・被造観を鮮やかに描き出しているのである。ともすれば私たちは物事を明確に切り分けて理解することを是とするかもしれない。しかしトマスが提示する創造論は私たちの自然本性が如何なるものであるのか、どのような意味で自然法に従うものであるのかを問いかけてくるのである。有名な神の存在証明の詳細の紹介から始まり、その創造論を通して検討されていく問題群はトマスの自然本性理解を部分ではなく全体として理解させてくれる内容となっている。次々に検討されていく問題は著者の長年にわたる研究の精髄とも言いうる内容を携えており人格論、自然法論、共同体論の骨子を読者は得ることができる、贅沢な一冊でもある。
 個別具体的な問題もさながら、本書の基調を成しているのはトマスの創造観である。創造論の理解抜きにキリスト教思想を理解することの難しさを本書は明らかにしていると言える。しかし同時にそれは、被造ということの視座に立ち得た時にキリスト教が言わんとすることが理解できる可能性を示唆しているのである。本書は私たちが自明視する価値観に揺さぶりをかける、まさに挑戦的な『神学大全』入門と言えよう。

(評者は選書メチエ版を読みましたが、学術文庫版のリンクを貼ります。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?