体温
「真夜中だけど、お散歩しちゃおっか」
彼女は悪戯っぽく笑った。
僕は少し不安だけど頷く。
彼女の突飛な言動は今に始まったことではないけど、流石に1人で外を歩かせるのは心配だ。
はやくはやく、と急かす彼女に上着を着せてから外に出る。ひんやりした空気が首筋を撫でた。
彼女について行く形で閑静な住宅街を歩く。
街頭に照らされた狭い道路に車通りは無いので、中央を堂々と闊歩する。普段は出来ないことをする背徳感でワクワクしていた。それは彼女も同じだったようで、まんまるの頬を紅潮させている。
しんとした静けさが辺りを満たしている。聞こえるのは互いの呼吸音と街路樹の葉擦れの音だけだ。
「手袋つけてくればよかったね」
彼女は寒いのかしきりに指先に息を吹きかけている。
小動物のようなその姿を見ると、可愛らしさにきゅん、と胸がときめいた。
彼女の小さな手を自分のごつごつした無骨な手で包み込む。体温は高い方なので、少しは温まるだろう。
「あったかい、ね」
ふにゃ、という効果音がつきそうなほど柔らかく彼女は微笑んだ。冷えきった指先が優しく僕の手のひらに触れた。
「――手が冷たい人は」
不意に俗説のようなものを思い出して呟く。
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「手が冷たい人は、心が暖かいそうですね」
普段の彼女を見ていると、あながち間違いでもないのだろうと感じる。対する自分は手が暖かい方なので、少し落ち込んでしまうが。普段から表情があまり動かない自分は、冷たいと思われがちだ。
彼女もそう思っているのだろうか、と見つめると、彼女は可笑しそうにくすくすと笑った。
「手があったかい人はね、心のあったかさが手に伝わってるかららしいよ?」
考えていることを見抜かれたようで、どきりとした。
「大丈夫。きみの心はあったかいよ」
彼女は僕の目をまっすぐに見つめてそう言った。
こういう事をさらりと言ってくるのはずるいと思う。
これだから僕はいつまでも彼女に夢中なんだ。
ほんのりと体温が上昇していくのを感じる。
「……ありがとう、ございます」
きっと今の僕の頬は彼女とお揃いで赤くなっているのだろう。照れ隠しにふい、と目線を逸らした。
きゅ、と彼女の手を握る力が強められた。
「あの、手汗をかいてきたんですけど」
「いいじゃんいいじゃん」
更に彼女は僕の腕に密着する。
彼女の暖かさを感じながら空を見上げた。
「月が、綺麗ですね」
言葉が自然に口をついて出た。
「きみといるから、だよ」
――やっぱり僕は、彼女に敵いそうにない。
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