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弟の奥さんは、数の子好きのシャイなぷぅ。

ガラガンガンと、玄関の引き戸が開く音がする。「お、来たか」と出迎えに行くと、「ただいまー」も、「あけましておめでとう!」も言わずにただ立っている、弟の姿が目に入る。と、その隣には、明るいベージュのコートを着た、おとなしそうな女性がいた。

はじめて会う、弟の奥さん。

ぼくはその奥さんを「シャイなぷぅ」と呼んでいる。親しみを込めて、もちろん心の中で。


***


お正月、父と母がふたりで暮らす実家に、3人きょうだいの家族が全員集まることになった。ぼくと妻、妹と彼氏、そして弟と奥さん。

7つ下の妹はぼくと違いイケイケだ。その彼氏もイケイケ。妹のTwitterではたびたび「かれぴ」として登場する。ムラサキスポーツ店内の鏡で自撮りをし、それを「強面かれぴと2ショット♡」の文字と共にネットに公開するイケイタツイートの印象が強い。ぼくは彼を「強面ムラスポかれぴ」と呼んでいる。

久々に会う強面ムラスポかれぴは、前回会ったときよりも幼く見えた。そういえば初めて会ったのは法事の場だった。彼はスーツを着て前髪をあげ、ビシッとキメていた。今日の服装は白のパーカーにダークグレーのコート。髪は何もつけずに下ろしたサラサラヘアー。冬の温泉旅行でひと風呂浴びた大学生を思わせる風貌に、「あ、ちゃんと7つ下の男の子なんだな」と、少しだけ親近感が湧いた。

ムラスポかれぴは人懐っこい性格で、両親にとても気に入られている。この日も母が運転する車の助手席で、母とふたり、楽しそうに話していた。

「あれ大丈夫やったん、6万円のやつ」
「大丈夫じゃないっすよー!ほんま新年早々、最悪でしたよー」

どうやらお正月に、6万円の現金が入った封筒を落としたらしい。ぼくが知らないだけで、この珍事は家族の間で既にネタとして広まっているようだった。離れて暮らしているし仕方ないとは思いつつも、置いてけぼりにあったような寂しさを感じる。そんな若干おセンチになったぼくを乗せて、車は30分かけようやく実家へと到着した。

***

しばらくすると、弟と奥さんがやってきた。

はじめて会った弟の奥さんは、お笑いコンビ・パーパーのあいなぷぅに似ていた。はじめましてだからか、それとも性格なのか、かなり恥ずかしがっているように見える。新年の挨拶を交わして以降は口数が少なく、弟とふたりでずっとひそひそと話しをしている。

そんなシャイなぷぅはとてもしっかり者だった。お正月らしさあふれる手土産を、実家用とは別にわざわざぼくと妹の分まで用意してくれていた。華やかな朱色の、おしゃれなバッグ型のお土産。大きすぎず、小さすぎないサイズ感。弟はぜったいこんな気の利いたことをしない。しっかりした人で良かったと、ぼくの中の長男が胸を撫で下ろした。


「お茶淹れるからこたつ入って待っときー」と、母が台所へと消えていく。居間のこたつに残されたぼくと妻、妹とかれぴ、そして弟とシャイなぷぅの6人。場に張り詰める、はじめまして同士の人間が四角いテーブルを囲むときの乾いた空気。

地獄のおこたタイムだ。

視線のやり場に困ったみんなが、長男のぼくの方を見る。たまらず目を逸らすと「ほらお兄ちゃん、回して」と、妹がキツめのパスを出してくる。

何か言わないとと焦った結果ぼくは、「みんな、家賃なんぼなん?」と、謎の質問をしていた。「なにその質問ww」なんてツッコむ余裕のある人間はこのおこたにおらず、みんな律儀に100円単位まで教えてくれる。

ど、どうでもいい……


母よ、早く茶をおくれ……

家賃から派生して最寄りのスーパーの店名まで聞いたあたりで、全員と面識のある父が登場した。しばらく談笑したのち、「よし、そろそろご飯にしよか」の一声で、家族みんなで鍋を囲む至福のしゃぶしゃぶタイムがはじまった。

立ち往生しているぼくたちを見て、父が指揮を取り席を決める。ぼくの前には弟、その隣にはシャイなぷぅが座ることになった。


美味しいお肉と野菜、そして今年初のビールに、ぼくも含めてみんなの表情が和らぐ。斜め前のシャイなぷぅはおせちの数の子を食べている。緊張も少しは解けたように見える。

よし、ここは長男として、ダメ押しでもう少し場を盛り上げよう!

そう思ったぼくは、グラスが空きかけた妹とかれぴにビールを注ぎに向かった。

「あざーっす!」と、妹。
「あざーっす!」と、かれぴ。
「今後ともご贔屓に〜」と、ぼく。

どわっと場が湧く。シャイなぷぅも片手で口を隠しながら笑っている。「ちょ、彼氏さんwふつう逆ですってw」と心の中で言ってくれている気がする。

と、かれぴがキョロキョロと首を動かしながら、体中のポケットを探りはじめた。

どしたどした、なんだなんだ。

「ん?どしたん?」
「いや、あの、どっかに6万落ってないっすか?」

再びどわっと場が湧く。笑いながらかれぴを肩パンする妹と、ぶふっとしゃぶしゃぶを吹き出す弟。シャイなぷぅは両手で口を隠しながら笑っている。

よしよし、ナイスかれぴ!
呑め、もっと呑め!その調子でオネシャス!

お酒の入った妹とかれぴ、そして父は、あの車がかっこいいだとか、この日本酒は甘めやねとか、大きな声で楽しそうに話している。弟は相変わらず黙々としゃぶしゃぶしている。

その横で、ぽりぽりと数の子を食べているシャイなぷぅ。来た時よりも硬さは取れたものの、まだ口数は少ない。しゃぶしゃぶもそんなに食べていない。

初めましての人が多いし旦那の実家だし、そりゃそんなに食も進まないよね、うんうん、お兄ちゃんはわかってるよ、徐々に打ち解けていこうね。そんな想いを込めながらぼくは、恐縮するシャイなぷぅにビールを注いだ。



***

帰りは弟に車で送ってもらった。

美味しいご飯に美味しいお酒。初めての家族勢揃いで勝手な気疲れもあったが、なかなか愉快なお正月になった。

駅までの道中、助手席に座るシャイなぷぅに、弟が「いっぱい食べた?」と声をかけた。


「うん、食べた食べた!おせちすっごい美味しくて数の子いっぱい食べた!この前スーパーで数の子買うのやめたやんかぁ500円くらいしたから。やから今日おせちに入っててめっちゃうれしくて数の子ばっか食べてた!お腹?もう結構時間たったし空いてきてるよー。晩ご飯はもらったお寿司やな。いっぱいあるけど生ものやし今日中に食べとかなやな。」

め、めっちゃしゃべってる!


実はおしゃべりシャイなぷぅ!!


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