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紫陽花

初子が通っていた小学校は、国立で、一年に一回は大掛かりな研究授業が行われていた。
 その年は、初子の学校が順番の年だったのか、全国から先生が集まって、研究授業を見学すると言う事だった。
 研究授業のために、学校中、念入りな念入りな大掃除も行われた。廊下もピカピカに磨かれ、窓も鏡も曇りひとつなく、掲示板に貼るお習字や絵も選別されたものが飾られた。
 その日は、コレコレこういう授業が行われるが、みんなはいつものように、普通に授業を受けて欲しい。(いや、いつもより真面目に!授業参観日のように!)手を挙げる時も、ピシッと。など、あれこれと説明があって、下校した。

さて、初子たちも、全国からいろんな学校の先生方が授業を観にくる、とあっては、何やら緊張して、でも予習などした事ないし、とりあえず明日の授業の教科書やノートをランドセルに入れる。
 ふと、外は雨。小雨が降っている。夏みかんの木の前に紫陽花が、咲いていた。
「そうだ、教室にお花を飾ろう。」
鋏を持って、初子は雨の中、濡れた紫陽花を二つ、三つ切った。新聞にくるんで、次の日大事に学校に持っていった。いつもより早く行って、花瓶に紫陽花を飾るつもりだった。

 教室に入ると、黒板の横の棚に花瓶が。
みんな、考えることは同じなのだろう。花瓶には色とりどりの華が、差してあった。
 バラもあった。ひまわりもあった。買ってきた花なのであろう。まだ、庭や花壇にひまわりは咲いてないから。
 華やかな華やかな華が、花瓶にギュウギュウに押し込んであった。中には紫陽花もあった。
 初子の持ってきた紫陽花は、祖父が植えたもので
薄い水色や薄ーい黄色、ピンク色、でとにかく全体的に薄い、控えめな紫陽花で、紫陽花というよりは「あじさい」だった。それに比べて花瓶に詰め込まれている紫陽花は花も大きく、色も当時は珍しいマゼンダやブルーで、いかにも「紫陽花」と言った風情で、自信にあふれて生き生きとしていた。
 初子の胸がチリリとしたが、せっかく持ってきたのだから、と花瓶にあじさいを押し込んだ。

 本当に全国からそれはそれは沢山の先生方がやってきて、いろんなクラスの授業を見学していった。初子のクラスにも背広を着た先生方が後ろにずらっとならび、廊下にも立って見ている人がいた。

 黒板の横の棚には色とりどりの見事な華たち。
初子の、おじいちゃんのあじさいは、華やかな花の影で、ひっそりと、俯いて
雨に濡れていた雫が、一粒、ポタンと落ちた。

〈終わり〉

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