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モンツンラとクロージョライ

本というのはどういうわけか、うっかりするとすぐにたまって雪崩を起こす。その為、こまめに断捨離をしており、なるべく本当に気に入ってる本しか残さないように心がけている。
そんな中、絶対に手放す事はないな、という本が何冊かある
雪舟えまの「タラチネ・ドリーム・マイン」もそのうちの一冊だ。

読んだきっかけは川上未映子氏が雑誌ダ・ヴィンチにて大絶賛で紹介していたからである。ちょっとお高めの本だったが、読んで後悔はしなかった。

はじめて読んだ時、このなんともいえない独特な世界観にとても心をつかまれた。甘く不思議なでも心が優しくなる近未来SF風の短編集。普段SFと名のつくものはあまり読まない私だが、「ああ、こういうのもSFの一つなんだな」と知った貴重な読書体験となった。

12の短編と、1つの星占い風の詩が入っている(この詩もとても良い)。
「さおるとゆはり」「水晶子」「タタンバーイとララクメ」等独特な登場人物の名前がそのままタイトルになっているこれらの作品はどれも本当に好きなのだが、特に一番最初の「モンツンラとクロージョライ」という短い話が、本当に、何度読んでもたまらなく、大好きだ。

二人の女子学生がサプラウという街で入学式の朝出会うところから始まる。
「名前は?私はモンツンラ 夢中人」
「私はクロージョライ close your eyes」(未映子氏も、この名前、たまらんねと言っていた)
このクロージョライは、常にうす青い炎に身体をしらしらと覆われている、その炎は熱くない炎で、モンツンラはたちまちクロージョライという特別な女の子に夢中になる。明るく飄々としてつかみどころのない彼女はみんなからも好かれている。そんな彼女は音楽を全く聴かない。でもある日、モンツンラの家族と出かけた別荘でモンツンラの兄であるクラシック好きのツンハウからベートーベンを教えてもらい心動かされる。彼女はベートーベンに恋をするんだけど、心が動くと普段はしらしらと安全に燃えている青い炎が燃え上がってしまい…別荘が火事になりかけてしまう。それでもモンツンラは彼女にそばにいてほしいと言う。
終盤、モンツンラ心の語りでとても好きな箇所がある。
「ねえクロージョライ、あなたがほんとうなんでしょ?人は、心が燃えるなら体も燃えるのがほんとうなんでしょ。わたしはそう思う。わたしはこんなにあなたが好きで、なのにこの体が燃えもしないことが悔しい」

こういう風に抜き出すと、モンツンラはクロージョライに恋をしているのか、ととらえられるかもだが、本文を読んでみるとそこはかなり曖昧だ。兄のツンハウがクロージョライにたちまち夢中になる事を予知し会わせる前から「彼女は特別な子だから、お兄ちゃんの手には負えないよ」と牽制するも、実際二人が仲良さげに音楽を聴いているところを見て「兄といい感じ」と気を使い部屋を出ていくシーンもある。けれども「私の為にもいっぺんくらい、原っぱ焼きつくすほど心動かしてよ」とも思っている。
思春期特有の、親友に対する所有欲、あこがれの気持ち、みんなからも一目置かれる特別な女の子が親友であるという一種の優越感、退廃的な美しい容姿に惹かれ触りたくなってしまう欲望…など色々な感情が織り交ざっている感じが、美しい。
この短い作品の魅力を上手く語る事はできないが、読み返すたびにそれこそ心にしっとりと青い炎が灯るようなひんやりと、でも温かい気持ちにさせてくれる。興味を持ってくれた方はぜひ手に取ってみてほしい。

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