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統一後の朝鮮半島は政情不安を経て再分断される

 「南北統一」、お隣の国韓国では長年の悲願とされてきた政治的目標である。朝鮮半島は第二次世界大戦以来、南北に分断されてきた。それまでは政治的にも文化的にも均質性が高かった国民が真っ二つに引き裂かれ、以降激しい対立状態に陥ったのである。 
 韓国と北朝鮮は80年の間に全く違う社会へと進化した。そのコントラストの激しさは人類史上例を見ない。朝鮮半島自体がさながら社会科学の実験室のようである。
 南北朝鮮の違いが最も際立つのは経済面だ。今では信じられないが、1950年代の時点では韓国よりも北朝鮮の方が経済的に発展していた。日本統治時代の植民地当局は北に工場を多数建設していたからだ。実際に朝鮮戦争の際も北の方が軍事的に強力だった。
 しかし1960年代に韓国で急速な経済成長が始まると状況は変わる。韓国は史上最も経済成長に成功した国家であり、わずか半世紀の間に先進国の仲間入りをした。今では先端産業とKPOPが栄える金持ち国である。一方で北朝鮮は共産圏でも最も経済運営に失敗した国家であり、半世紀の間深刻に経済が停滞してきた。結果として南北朝鮮の所得格差は20倍にも広がっている。これは国境を接する二カ国の中で最も大きい値である。
 政治面の格差も大きい。かつての韓国は軍事独裁の国として知られていたが、1980年代に民主化を果たし、議会制民主主義の国となっている。 
 一方の北朝鮮は未だに世界でも例を見ない厳格な全体主義体制であり、情報統制と個人崇拝がまかり通っている。民主主義指数や報道の自由度では最下位が定位置である。政治の汚職度合いを示す腐敗認識指数でも北朝鮮はアフガニスタンやソマリアといった破綻国家と同レベルだ。北朝鮮の国民は外の世界を知らぬまま中世の封建国家のタイムカプセルのような状態で生きているのである。
 さて、これほどまでに格差が大きい国同士が統合したらどうなるだろうか。南北朝鮮の住民は言語と人種は同じかもしれないが、それ以外の要素は天と地ほど違う。身長すら両国で10センチ近くも異なるのだ。したがって統一の衝撃は両国の社会にとって非常に大きいだろう。

 1970年代まではまだ南北の経済格差がそこまで大きくなかったため、北朝鮮が韓国を軍事征服するという「赤化統一」論が存在した。しかし現在の南北の軍事力格差を考えれば現実的ではない。仮に核を使ったとしても北朝鮮は韓国を征服することはできないだろう。したがって南北統一で一番可能性として高いのは、北朝鮮の政権が倒れて韓国に吸収合併されるというドイツ型のシナリオである。

 統一後の東西ドイツの格差はドイツ国内で問題になっていたが、西ドイツと東ドイツの人口比は4:1だった。したがってドイツの場合は豊かな西ドイツが東ドイツを援助する形でなんとか統一を円滑に済ませることができた。
 一方韓国と北朝鮮の人口比は2:1である。また韓国の出生率は北朝鮮より遥かに低いので、若年層に関しては北朝鮮の方が将来的に1.5倍ほど多くなるだろう。韓国はドイツよりも遥かに負担が大きくなる。しかも北朝鮮は東ドイツも遥かに貧しいのである。東西ドイツの経済格差はせいぜい2倍なのに対して南北朝鮮の経済格差は20倍である。社会統合にはとてつもない難航が予想される。

統一後の韓国社会


 北朝鮮の政権がある日突然倒れ、ドイツのように急激に南北が統合したとする。その後起こる問題を想像してみよう。
 北朝鮮からソウルは近い。38度線からソウルまでは40kmであり、頑張れば徒歩でも一日で移動できる距離だ。したがって北朝鮮の難民が韓国に移動するのは簡単だろう。ソウル都市圏には飢えた百万の貧民が流入し、治安は急速に悪化するだろう。当初はきらびやかなソウルの町並みは彼らにとっておとぎの国のように見えるが、程なくして韓国社会で生計を立てるスキルが欠如していることに気がつく。したがって男性は犯罪、女性は売春に手を染める可能性が非常に高い。明洞や梨泰院のメインストリートにはスリ・物乞い・立ちんぼが大量発生するのである。

 韓国は激しい競争社会だ。幼少期から塾に通い、就職活動や出世競争など大忙しである。北朝鮮の住民の大半はこの競争についていけないし、落ちこぼれてしまうだろう。SKY(韓国の三大名門大学)に入学できる学生は一部の金持ちに限られ、多くの住民は韓国社会の学歴カーストの最底辺に位置づけられることになる。政治的な配慮でアファーマティブ・アクションが行われ、大学定員の半分は北の学生に対する入学枠になる展開も考えられるが、物心ついてからずっと受験戦争に耐えてきた南の学生は不公平感を感じるだろうし、北の住民に対する印象が良くなることはないだろう。

 北の住民を韓国社会に統合するには大学のみならず雇用も提供しなければならない。北朝鮮の若者は韓国よりも数が多いため、彼らに対して十分な雇用を韓国社会が提供するのは困難だろう。ただでさえ韓国の若者は就職難に喘いでいるのである。
 北の住民は学歴もコネもなく、その上差別を受けているとなれば低賃金の単純労働に従事する他ないだろう。北朝鮮は鎖国状態なので住民の殆どは現代社会の常識に対しては疎いし、異議申し立ての手段やセーフティネットに関しても無知に違いない。そのため彼らの多くにはブラック企業に搾取される未来が待っている。

 統一後の朝鮮半島は南部が開発の遅れている北部のインフラ整備に多額の出費を余儀なくされるだろう。北朝鮮の道路の大半は未舗装だし、病院はオンボロだ。
 問題はその時の韓国が深刻な高齢化を迎えていることだ。老人の医療保険料が膨れ上がっているまさにその時に北の援助に多額の財政的援助を行う余裕が韓国にあるだろうか。北への膨大な開発援助のために南の公共サービスが削減されることに南の有権者は賛同するだろうか。援助の一部は北の役人のポケットに消えるだろうから、なおさら有権者の怒りは大きくなるだろう。

 最も深刻な影響が及ぶのは内政面だろう。統一後の南の住民の北へのイメージは非常に悪い。北の出身者は身なりが汚い犯罪集団と嫌悪感を持たれるし、南の税金が北に吸い上げられている不満も大きいだろう。
 一方で北の住民の南に対するイメージも非常に悪い。自分たちは韓国社会の最底辺で虐げられていると感じるだろうし、埋まらない南北の経済格差に関しても南の差別のせいと主張する人も現れるだろう。
 これは危険な状態である。南北住民のお互いに関する感情は悪いだろうし、統一を熱烈に推進していた人々ですらお互いのありのままの姿を目にすると幻滅するかもしれない。政治的に南北の住民がいがみ合う状態が形成されていく。
 選挙では老人層が分厚い韓国の方が有利だろうし、政治的なイニシアチブは一貫して南が取るだろう。一方で若者人口で勝る北朝鮮はしばしば現状に不満を抱えた若者によって暴動やテロが発生するだろう。ある意味で南北は再び分断されるのである。

統一後の政治体制

 長々と想像を述べてきたが、現実的には早急な統一はこれらの社会問題が深刻になりすぎるので、不可能だ。南北が歩み寄るとすれば金王朝が倒れた後に親韓政権が成立し、交渉の結果ゆるやかな連携を行う他にない。38度線は移民流入を防ぐために厳格に管理されたままとなる。議会も南北別となるはずだ。北朝鮮のその後は主権を形式的に統一した上での南との一国二制度(香港が例)と国際社会が共同管理する被援助国(カンボジアが例)の間のどこかで決着するはずだ。

 北の政治改革は難航する。独裁政権が倒れ、急に民主化を行った貧困国はほとんどが政情不安に襲われている。北の未熟な議会制民主主義もこの手の危機を避けては通れないだろう。
 政治的な慣習はなかなか変わらないことが多い。北朝鮮の現政権は世界で最も腐敗が激しいとされているが、政権が倒れたところで公務員の大半はそのまま雇用され続けるだろうし、役人のモラルはなかなか改善されないだろう。恐怖政治による締付けがなくなったため、一部では悪化さえするかもしれない。
 北の民衆も現政権のもとでは政治的な知識に触れる機会があまりにも乏しい。そのため無知と貧困に付け込んでポピュリズム政党が躍進するかもしれない。そしてその一部に南の怪しげな政治家や中国の工作機関が加担する可能性は高い。北朝鮮の民主制は前途多難なのである。
 

統一後の東アジア

 南北統一後の東アジアの地政学的状況も深刻な問題だ。なぜなら北朝鮮は東アジアの中心に位置し、地政学的重要性が極めて高いからだ。
 日本と韓国は実質的に米国の軍事的勢力下にある。すると中国にとっては米軍との中立地帯は北朝鮮のみということになる。これは金王朝崩壊後の北朝鮮にとって深刻な問題となる。なぜならこの時の北朝鮮の地政学的立場はウクライナと同じだからだ。
 
中国の驚異的な経済成長はまだまだ減速しないようだし、米国の中国に対する恐怖は高まるだろう。米国が封じ込め政策を取れば当然中国の対米感情は悪化する。こうして米中は相互不信の悪循環に陥っていく。朝鮮半島は対立する2つの超大国に挟まれた内政が不安定な緩衝地帯ということになる。
これは非常に危険な立場だ。
 例えばこんな展開を考えることもできる。北朝鮮で政変が発生して統一志向の親韓政権が成立したとする。韓国は口先では北の同胞に好意的だが、統一後の社会問題を恐れて曖昧な態度を取る。中国としては国境線まで米軍が押し寄せるのを避けたいので北朝鮮に圧力をかける。しかし北朝鮮ではナショナリズムが高まり中朝関係は悪化する。北朝鮮は米韓軍の受け入れを検討し始め、中国はやむを得ず北朝鮮の軍事制圧を目論んで奇襲攻撃をかける。これは実際に2022年にウクライナで起こったことだ。
 仮に統一が達成されたとしても地政学的問題は解決しない。南北統一を平和裏に行いたければ中国の了承を得るしかないが、そうなるとただでさえ不安定な統一朝鮮の政情が中国の介入で更に不安定になるかもしれない。北の自治政府で親米派と親中派の対立が起こったり、北の怒れる若者が中国の差金で反乱を起こす可能性は十分考えられる。そうなれば38度線を挟んだ緊張状態とはまた別の安全保障問題が朝鮮半島北部を襲うだろう。

具体的に現れそうな政治勢力

 民主化後の朝鮮半島北部に現れる政治勢力はどのようなものだろうか。東欧や旧ソ連諸国の実例をもとにして大まかに推測することはできる。冷戦終結後にこれらの国で力を持った勢力を大きく分けると旧体制勢力、西側志向勢力、そして民族主義勢力である。それぞれベラルーシのルカシェンコ、ポウクライナのユシチェンコ、ハンガリーのオルバーンをイメージすれば良い。彼らが北の政治に参加したらどのような立場と主張になるだろうか。

 旧体制勢力は金王朝時代の伝統に関して好意的だ。金一族の粛清や90年代の飢饉については否定するものの、社会主義がなんとか機能していた時代に関してはノスタルジックな肯定をするだろう。旧体制幹部の訴追にも反対するはずだ。地政学的には中国との関係が深く、米軍の配備には反対するだろう。韓国社会との急速な統一によって社会問題を引き起こすよりは中国を見習って経済成長を進めたほうが良いと主張するかもしれない。民主化後の北朝鮮にとって中国との経済関係は非常に重要なので、無視できない勢力になるだろう。
 西側志向勢力は西側風の自由民主主義の素晴らしさを説くはずだ。金王朝を悪魔の体制として断罪し、西側の人権基準で政権幹部の刑事訴追を要求するだろう。安全保障面では今すぐに米国の軍事的勢力下に入るべきだと主張するはずだ。経済改革はやればやるほど良いと思っているため、市場開放や南の資本の導入に積極的だろう。ただし、北の経済は脆弱なのでこの手のハードランディングは劇薬となる。格差拡大やインフレが深刻化すれば西側志向勢力は不信感を持たれてしまう可能性がある。
 民族主義勢力は南との統合には全面的に賛成である。しかし米国に好意的とは限らない。むしろ米国の関与が中国との複雑な問題を招いているとして、米軍の配備に反対するかもしれない。この頃の北は元人民軍兵士の失業問題に悩んでいるだろうから、「我々の国は我々自身で守る」と軍事的自主独立を主張する可能性がある。反日ポピュリズムが横行するシナリオもあるが、地政学的問題の解決には役に立たないだろう。
 韓国の右派政党は西側志向勢力と、左派政党は民族主義政党と組むだろう。旧体制勢力については予測不能だが、組むとしたら左派政党だろう。
 韓国の左派政党の特徴は右派よりも民族主義が強いことだ。米軍に関して快く思っておらず、経済の奇跡を達成した朴正煕政権に対しても批判的である。また、西側との関係を犠牲にしても南北統一を優先すべきという傾向が強い。太陽政策がいい例だ。したがって北の民族主義政党と彼らが組めば米軍や西側との足並みは乱れる可能性が高い。
 旧体制勢力は東欧諸国では速やかに廃れた。以前の党官僚自身が社会主義よりも市場経済を志向するようになったからである。一方でロシアやベラルーシでは旧体制勢力が勝利を収めた。西側志向勢力が国家経済を混乱させ、国民の信頼を失ったからだ。北朝鮮の旧体制勢力がどちらの道をたどるのかはわからない。ただし中国が北の内政に関与するならば、強力な親中勢力として暗躍するだろう。

 先進国である南の政治情勢は北より安定しているだろう。おそらく左派は民族主義的視点からも福祉国家的視点からも北への援助に肯定的だ。統一という「民族の悲願」のためなら社会保障費の削減はやむを得ないと主張するだろう。金王朝時代の非人道的行為に関しても余り触れないだろう。仮に問題になったとしても韓国の軍事政権と同じ「過去の悲劇」として水に流すのではないか。その結果、北の人間を快く思わない南の住民から敵視される危険性が高い。
 右派も統一には前向きだが、無条件で援助を与えることには及び腰かもしれない。援助の一部、もしくは大半が北の腐敗役人のポケットに消えることを問題視し、金を渡すのは旧体制の悪弊を退治してからだと主張するだろう。ただし、北が中国の援助に依存するようになると問題だ。そのため嫌々ながら、なけなしの金を北に送り続けるだろう。
 北からの国内移民の導入には積極的だが、北の若者が低賃金労働力として使い捨てにされるという問題が浮上するだろう。また、北の旧体制の正統性を認めないという傾向が強い。経済問題とも合わせて北の怒れる若者から敵視されるかもしれない。

 結果として南北朝鮮の政治的二大勢力が浮かび上がる。片方は西側志向勢力である。彼らは韓国主導の統一を肯定し、対中安全保障のために北に米韓軍を進駐させようとするだろう。南の財界との関係が深く、北の住民を単なる労働力として見る節がある。また支持層の一部に南の統一反対論者を抱えるだろう。
 もう一方の勢力は韓国の左派・北の旧体制残党・南主導の体制に不満を持つ北の民衆の民族左派連合である。彼らは民族主義を共通の旗頭とし、親中傾向が強いだろう。
 あくまで想像に過ぎないが、ポスト冷戦期の旧共産圏の政治傾向を踏まえるとこの辺りに落ち着くのではないか。
 民族左派連合の地理的分布は旧北部と全羅道が多いはずだ。ちょうど古代でいうと百済と高句麗が同盟を組んで新羅に対抗している状態になるのである。
 

地政学に引き裂かれた半島

 北朝鮮は現在、東アジアの中でも異端的な存在だ。高度に発達する東アジアの中心でサハラ砂漠以南のアフリカと変わらぬ貧困に苦しんでいるのだ。北朝鮮の宇宙から見た夜景が真っ暗なのは有名である。韓国のみならず中国との経済格差も記録的な水準で開いており、両国の一人あたりGDPは10倍もの差がある。
 北朝鮮の悲劇の原因は地政学である。北朝鮮は日米中露と大国に囲まれた不安定な緩衝国だ。似た地理的条件を持っている国はカンボジア・アフガニスタン・シリア・そしてウクライナである。このような立ち位置の国は悲惨な運命をたどることが多い。
 北朝鮮は大国の勝手な取り決めで生まれ、悲惨な大戦争を経験し、自らを守るためにひたすらに鎖国と全体主義体制の強化に邁進してきた。その結果生まれたのが大飢饉をはじめとした現在の惨状だ。現体制が崩壊しても地政学的な難局は変わらない。相変わらず朝鮮半島北部には様々な勢力が干渉してくるだろうし、東アジア最大の不安定要因であり続ける。そして翻弄されるのは北の住民だ。 
 南北統一は朝鮮半島の人々の悲願であるとされてきた。現代韓国でも反共右派であろうが、民族主義左派であろうが、統一に前向きなことは紛れもない事実である。しかし、彼らが北との統一にロマンを抱けていたのは南北の交流が絶たれていたからかもしれない。もし北の体制が崩壊して北の貧民がソウルに押し寄せたら南の人々は「同朋」の現実に気がつくだろう。数々の政治問題が降り積もり、北の住民も南の住民もお互いに対しての幻想を打ち砕かれ、憎悪に変わる可能性すらある。その時が真の南北分断の始まりなのかもしれない。

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