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<地政学>米中対立の争点となるのは北朝鮮・台湾・ベトナム・ミャンマーである

 またまた地政学シリーズである。今回は米中対立で争点になりそうな地域を考察してみたいと思う。

代理戦争で舞台にされがちな地域

 米ソ冷戦やその他の地域対立の類で争点になる地域はある程度決まっている。だいたい同じような地域が争点となることが多い。米ソ冷戦の場合は朝鮮半島やベトナム、それにアフガニスタンだ。意外に両国の緊張が激しいヨーロッパ方面で戦争は起きなかった。これらの戦場となる地域と緊張状態で終わる地域の違いはなんだろうか。

 米ソ冷戦で最も強い緊張状態にあったのはドイツである。この対立は元々ナチス・ドイツ崩壊後のヨーロッパの東西分割に起源があった。ヨーロッパの従来の複雑な対立構造は米ソに一本化され、ヨーロッパの地雷原はドイツの国境線に集中するようになった。これが鉄のカーテンである。

 しかし、ドイツが争いの舞台になることはなかった。もちろん米ソが全面戦争になればドイツは最も激しい戦場になっていたことは間違いない。しかし、戦争が起きない場合はドイツはむしろ安全な地域だった。なぜならば、ドイツは曖昧さを残しておく余地が全くなかったからである。西ドイツがソ連に付く可能性は存在しないし、東ドイツが西側に付く可能性もない。そんなことは冷戦体制下では許されない。お互いの政情不安もあまりなかった。1956年のハンガリーでは共産党政権が転覆したが、ソ連は直ちに介入して正常化している。ソ連はもちろん、アメリカですらハンガリーに介入しようとはしなかった。地域の不安定化を恐れたからだ。

 一方、米ソの戦場になった地域を考えてみよう。最初に両国が争ったのはギリシャだ。ギリシャは英ソの協定で西側に委ねられることになっていたが、この地域の解放は英米の武力侵攻ではなく、ドイツ軍の自発的な撤退によって達成された。したがってギリシャはちょっとした空白地帯になっていたことになる。この地域では第二次世界大戦後に共産党が武装解除せず、国軍と共産党に武力が二重に存在していた。かくしてギリシャ内戦が勃発した。米ソが軍事的に解放した地域ではこのような事態は起こらなかった。ユーゴスラビアも米ソの軍事力があまり入らなかったが、チトー率いる共産パルチザンの強力な支配によって安定が保たれた。チトーは地政学的な危険性に気がついていたのだろう。

 他の戦場も似たような共通点が見られる。日本本土はGHQによって完全に西側に組み込まれたが、朝鮮半島は南北分断という曖昧な状態になった。アメリカの国務長官が南朝鮮の防衛政策を明言しなかったこともあって、朝鮮半島はある種の空白地帯になっていた。韓国の李承晩があまりにも評判が悪く、政情が不安定になっていたことも要因の一つだ。

 ベトナムの場合はゴ・ディン・ジエム政権があまりにも腐敗して無能だったので、南ベトナムが破綻国家と化してしまい、やはり空白地帯になってしまった。隣国のカンボジアは大した軍事力もないのに西側と東側をウロウロしていたため、やはり空白地帯となってしまった。
 
 他にも具体例を上げればキリがないが、このくらいにしておこう。代理戦争の舞台になる国は何らかの事情で曖昧さが残る地域だ。それは両陣営のどちらに付くか明確でなかったり、政情が不安定だったり、中央政府が存在していないような国だ。こうした国に米ソは介入し、現地に戦禍をもたらしていたのである。冷戦はある意味囲碁のような戦いであり、次々と空白地帯にコマを埋めていって、陣地を確保するような感覚である。ヨーロッパを見ていても、ロシアに戦争を仕掛けられたのはNATO加盟国ではなく、両者の間に位置する空白地帯だったウクライナだ。危機感を感じたスウェーデンとフィンランドはNATOに加盟し、曖昧さを完全に排除した。

 それでは米中対立の際にこうした条件を満たす地域を考えてみよう。

北朝鮮

 まず筆頭は北朝鮮だ。この国が米中対立で深刻な不確定要素になることは間違いない。冷戦時代の北朝鮮は比較的安定した国家だった。国内は全体主義政権によって締め付けられ、東側陣営から離脱することが全く考えられなかったからだ。しかし、現在は異なる。金王朝が君臨している間は状況は変わらないだろうが、もし政権が崩壊すれば完全な真空地帯になるだろう。そしてこの国の政権はいつ倒れてもおかしくない。

 政権崩壊後の北朝鮮は帰属が未定になる。北朝鮮に韓国軍や米軍が進駐することを中国は忌避するだろうから、国際管理という話で共同統治になるかもしれない。北朝鮮の所得水準はアフリカ並みなので、この地域の復興には多大な不安要素が残る。韓国との迅速な統一は不可能だ。北朝鮮に生まれる民主政権が韓国に近いのか、中国に近いのかもよくわからない。仮に統一したとしても北朝鮮の住民は韓国社会で差別を受ける等して南に嫌悪感を抱くだろうし、韓国の側も難民の流入や多大な財政支出などを理由に北に嫌悪感を抱くだろう。

 これらの事情を考えると政権が崩壊した場合に北朝鮮が米中の綱引きの場になることは確実だ。逆に考えると中国はもちろんアメリカも北朝鮮の崩壊が戦争に繋がることを恐れて崩壊を望まない可能性もある。この場合、北の風変わりな専制王朝は生きながられるかもしれない。

台湾

 台湾が西側諸国の欠かすことができないメンバーであることは疑いの余地がないし、内政が不安定になることもあり得ない。台湾は戦略的に重要な一に存在するが、それだけで戦争の舞台になるわけではない。米中が直接戦争に陥らない限り、台湾は緊張状態になるだけで終わるだろう。

 米中対立が冷戦で終わる限り、台湾で戦闘が行われる可能性はそこまで大きくない。それでも韓国や日本に比べれば危険性が高い。それは台湾の重要性を中国が重んじているからではなく、台湾に曖昧さの余地が若干ではあるが残っているからだ。

 1970年代、ソ連の強大化を恐れたアメリカは中国と融和し、台湾を生贄に捧げた。台湾は国連から追放され、未承認国家という曖昧な立場になった。国際社会のルールでは未承認国家を侵略しても罪にはならないので、中国は台湾を侵攻する建前を手に入れたことになる。

 ただし、米中対立のレベルになるともはや国際的な建前はそこまで役に立たない。ロシアのウクライナ侵攻を考えれば明らかだ。むしろ問題となるのは台湾に米軍が駐留していないという事実である。この場合、台湾を攻めたときに米軍が参戦する可能性は100%とは言えなくなる。80%かもしれないが、100%ではない。この20%分の曖昧さが戦争に繋がる危険性がある。

ベトナム

 ベトナムもかなり高い確率で争点になる地域である。中国が海洋側に出るうえで西側と接するポイントが韓国・台湾・ベトナムの三地域なのだが、原因はそれだけではない。ベトナムは中国と対立しているにも関わらず、西側と正式に仲間として認めあっているわけではない。ベトナムは台湾を更に曖昧にした状態なのだ。

 ベトナムと中国の歴史は複雑だ。両国は古代から犬猿の仲だった。インドシナ独立戦争やベトナム戦争の時は中国は東側陣営としてベトナムを支援したが、程なくして中ソ対立の争点となった。ソ連はベトナムと組んで中国を挟撃し、中国は代わりにポルポト政権のカンボジアを支援した。ベトナムがカンボジアに侵攻すると中国は西側諸国とともにベトナムを非難し、ポルポト政権軍の残党を熱心に支援した。

 冷戦が終結すると米中の協力関係は消滅する。冷戦とは逆にベトナムはアメリカと融和することになった。ベトナムは対中包囲網で非常に重要となる国だ。しかし、アメリカと正式に同盟を結んでいるわけではない。中国とベトナムが開戦し、アメリカがベトナムを全面支援するという代理戦争は容易に想像がつく。この国の地政学的立場はウクライナに近いのだ。

 また、ベトナム情勢に関して自体をややこしくさせるのがラオスとカンボジアの存在だ。この二カ国は中国と伝統的に親しい。特にカンボジアはベトナムと険悪であるため、中越対立においてある種の不確定要素となるだろう。冷戦時代に引き続きインドシナ三国は戦場となるかもしれない。

ミャンマー

 現在、極めて深刻な状態にあるのがミャンマーである。アジアの国は冷戦終結以降はウソのように平和になった国が多いのだが、ミャンマーは例外だった。冷戦体制に巻き込まれなかったのは幸いだったが、その代わりに冷戦が終わっても地政学的問題は解決しなかった。この国の紛争は第二次世界大戦後ひたすらに続いており、南北朝鮮問題やパレスチナ問題と並ぶ長期紛争と化している。

 ミャンマーは現在東南アジアで最も脆弱な国家だ。国家の中央部を国軍が抑え、周辺地域に少数民族の反乱軍が円を描くように陣取っている。しかも2021年のクーデターによって民主派が反乱を起こすようになり、情勢は悪化している。最近はどうにも国軍が苦境に陥っているようで、場合によっては首都が陥落し、ミャンマー国家が崩壊する可能性も否定できない。

 ミャンマーの脆弱さの一つは国軍だ。ミャンマー国軍は政治を支配しているので強そうに見えるが、実際は逆だ。国軍が弱すぎていつまで経っても国家を統一できないので軍政が終わらないのだ。おまけにミャンマー国軍は積極的な支持勢力が見当たらない。ミャンマーの専門家が指摘するのは国軍の利権の話ばかりだ。2011年のリビア内戦の時はカダフィに好意的な部族とか、シリア内戦の時はアサド政権を指示する少数宗派の話が聞こえてきたが、ミャンマーにそのような存在は聞こえてこない。どうにも国軍の政治力が弱体化している印象を感じる。

 ミャンマーの紛争が深刻化すればこの国が米中対立の争点になることは明白だ。ミャンマーは中国のインド洋への出口になっているのでこの国を抑えることは米中にとって重要となる。今までは国軍は厳格な中立を守ってきたが、国家崩壊の危機となると中国に泣きつく可能性が高い。当然西側は国軍を倒して民主的(で西側に忠実な)政権を作ろうとする。ミャンマーに米軍が駐屯すれば中国包囲網は更に厳しくなるので、中国は何としても防ぎたいだろう。争奪戦の激しさは米中の相互不信がどこまで高まるかに依存するはずだ。この国は遠からず東洋のシリアになるだろう。

他に戦場となる国はあるか?

 米中がアジア正面で衝突した場合に争点となるのはこれらの国だろう。しかし、米ソ冷戦時代の欧州がそうだったように、正面というのは両陣営が神経を使うので意外に安定していることもある。むしろ「背中側」の地域の方が危険かもしれない。

 米ソ冷戦において背中側とは東方のことを指した。米中冷戦の場合は西方を指す。ユーラシア大陸の西半分で米中対立が起きるリスクは見逃せない。

 確実に巻き込まれるのは中東だろう。もしかしたら2050年代にはアラブ人が戦争の無意味さに気がついて平和主義に傾倒する可能性もあるが、確実なことは何も言えない。中国はペルシャ湾岸から石油を輸入しており、イランとの友好関係は大いに利益をもたらす。中国はイランを介して中東地域に影響力を行使するかもしれないし、イランの存在によって中東地域の紛争に巻き込まれるかもしれない。

 南アジアも危ない。中国のスリランカ進出が論争になっているが、真に問題となるのはパキスタンだ。この国はインドという共通の敵がいるため、伝統的に中国と親密だった。パキスタンは極度の経済停滞により極めて脆弱になっている。パキスタンが深刻な状態になればこの国が中国・インド・アメリカの争いに巻き込まれるのは間違いない。

 もう一つ、深刻な問題をはらむ可能性があるのは旧ソ連地域だ。ロシアが深刻に衰退すれば中央アジアは巨大な権力の真空地帯になるだろう。このっ空白を中国が埋めようと進出するのは疑問の余地がない。中央アジアを介してイラン方面と接続できれば中国の覇権は拡大する。トルコは敵対的かもしれないし、友好的かもしれない。さらにはロシア自体も深刻な危機に陥るかもしれない。中国軍がロシアに派遣され、コーカサスの反体制派と戦ったりウクライナ軍と国境で衝突したりといった可能性もある。

 東方の戦場候補はかなり絞られているが、西方に関してはあまりにも不確定だ。米中が中東や旧ソ連でありとあらゆる勢力を動員して争う可能性は十分に考えられるだろう。

 あまり重要ではないのがアフリカだ。この地域はまともな近代国家が少ないし、経済的にも立ち遅れている。国家間の経済カーストが長期間に渡って変わらないことを考えると2050年になってもアフリカ諸国の多くは最貧国だろう。仮にいくつかの地域大国が誕生しても、中国にとって地政学的な重要度が低い。米中にとってアフリカは遠く離れたどうでもいい地域となるだろう。人口動態の関係で今世紀中盤になってもアフリカでは大規模戦争が繰り返される可能性が高いが、規模に反して大国の関心は低い。

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