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なぜ公立高校が強い都道府県と私立高校が強い都道府県があるのか徹底考察する

 公立進学校と私立進学校のどちらが強いか、これは人によって認識が別れる問題だ。
 実は両者の力関係は地域と時代によって大きく変わっている。
地方では私立は公立の滑り止め扱いなのに対し、都内では優秀層のほとんどが私立中高一貫校に進学してる。しかし、東京でも1960年代は圧倒的に公立のほうが強く、私立は滑り止め扱いだった。こうした都道府県別の差異には共通の特徴があり、その背景には明確な歴史的傾向が存在するのだ。

最初はどの都道府県も公立の方が優位だった

 1949年に学制改革が行われ、現在の学校制度が作られた。それまで複雑怪奇だった学校制度は統一され、6・3・3・4制が完成された。それまで名門だった旧制中学は軒並み公立進学校に改組された。例えば東京府最強の名門旧制中学だった府立一中は日比谷高校へと変化した。他の都道府県でも同様の現象が発生した。旧制一中は全て地方公立トップ校となり、高知県を除く全ての都道府県で当初は公立高校が優位だったのである。

「シフト現象」という共通の特徴

 さて、私立が優位の都道府県は過去何らかの事情で公立進学校が没落し、私立中高一貫校が台頭するという「シフト現象」によって形成された。2023年現在、私立優位の状態を公立が逆転する現象は起きていない。したがって公立優位の状態から私立優位の状態への変化は一方通行である。生物学でいう、極相林だ。

 もっとも、学校のブランドというものは強い維持機能があり、なかなか変化しない。大学の格付けが100年以上変化しないことを考えても明らかだろう。公立優位の状態を「格下」私立が覆すのはそう簡単ではないということである。 

 過去発生したシフト現象は、歴史上のどこかで学校間の格付けを破壊する何らかの事件が起きたために発生したのだ。

「シフト現象」の原理

 こうした「シフト現象」には共通のプロセスがある。それは①公立進学校が没落する⇒②私立中高一貫校が上昇する⇒③中学受験がメジャーになり、私立の優位が確定する、である。

 高校入試では公立校の優位が初期段階で確定しており、これを覆すのは容易ではない。学校間の格付け意識は極めて強固だからだ。現在でも私立難関校を辞退して公立校に進学するものがいる。例えば渋幕蹴り県千葉とか、西大和蹴り北野といった生徒だ。

 しかし、私立が公立に勝てるフィールドが一つだけある。それは中学受験だ。私立高校は中高一貫化を進めて中学受験で優秀な生徒を青田買いすることで公立進学校と競争しないで済むのだ。

 公立高校の権威が低下すると優秀な生徒が中学受験で私立進学校に進むようになる。多くは公立高校の入試制度改悪が原因である。一度この現象が進むと公立高校が元の位置に戻ることは不可能である。いくら公立高校を改善しても優秀な生徒が高校受験まで残らないからだ。こうなった都道府県は完全に私立高校が優位になり、残念ながら元に戻ることはない。私立進学校が優位な都道府県はどこかのタイミングで「シフト現象」が起き、私立中高一貫校の優位が確定したのだ。

 ただし、いくつかの地域では「シフト現象」が不完全なことがある①が起きずに②が発生した場合だ。このケースでは公立進学校と私立中高一貫校が併存しているか、越境入学者が多数存在する傾向にある。

 ここまでは総論だった。これだけでは解りにくいだろう。以下各論を説明することにする。

公立高校が圧倒的に優位な地域〜宮城県・富山県・熊本県など〜

 地方都市の多くは現在でも公立高校が圧倒的に優位である。これらの地域では旧制一中に引き続き、公立進学校がトップに君臨してきた。東大合格者の大半はこれらの公立進学校の出身だ。私立一貫校にから合格する者もいるが、扱いとしては無名校もしくはお坊っちゃま校である。首都圏でいう小学校受験の進学校(暁星や横浜雙葉など)に感覚は近い。
 
 宮城県の仙台二高や熊本県の熊本高校などは立場を脅かす私立高校が存在しない。富山県では最近片山学園が伸びているが、現状では富山中部や高岡が圧倒的に強い。人口の少ない地域ではそもそも私立進学校を運営するだけの人口がいないケースもある。地方都市の大半では戦後一貫して公立進学校が君臨し続けたのである。

公立進学校と私立一貫校が併存する地域〜愛知県・福岡県など〜

 名古屋・札幌・福岡といった地域でも原則として公立進学校が優位だ。しかし、こうした100万都市では人口が多いため、色々な選択肢を取ることができる。例えば愛知県は公立王国として知られているが、東海高校や滝高校など、公立に対抗できるだけの強い私立進学校が存在する。これらの進学校は教育熱心な親が公立高校の入試を気にせずのびのびと勉強できるように中学受験で子供を入れ込んでいるのだ。

 同様に、福岡では修猷館・筑紫丘・福岡の公立御三家と全国的に有名な久留米大附設高校が併存しており、どちらも多数の東大合格者を送り込んでいる。札幌も同様に札幌南と北嶺がしのぎを削っている。

 これらの地域の私立高校は基本的に滑り止め扱いだが、一部の私立一貫校に関しては例外的に優秀とされる。
 東大合格者は公立進学校からも多いが、理三や科学五輪レベルの飛び抜けた優秀層は私立一貫校から出ることが多い。また、こうした併存地域の一貫校は医学部志向が強いことも特徴である。札幌の場合、東大が多いのは札幌南だが、理三を排出するのは北嶺だ。修猷館と附設や、旭丘と東海の関係も似たようなところがある。

私立中高一貫校が圧倒的に優位な地域〜東京都・神奈川県・兵庫県・広島県など〜

 これらの地域はまさに「シフト現象」が発生した地域である。

 全国に先駆けてシフト現象が見られたのは兵庫県である。
兵庫県には元々神戸一中という全国的に上位の進学校があったのだが、戦後の小学区制が原因で後継者の神戸高校は衰退してしまった。神戸一中から神戸高校に学区の問題で移れなかった生徒は一斉に近くの灘高校に参集した。これがきっかけで神戸高校と入れ替わるかのように灘高校は躍進していき、1968年についに日比谷高校を抜いて日本一の超進学校に変貌した。灘高校は現代に続く私立中高一貫校ブームの原点であり、灘を追って数々の私立進学校が誕生した。例えば兵庫県を見ると、灘中回避組を集めた甲陽学院も連動して躍進し、かなりの難関校となっている。

 東京都では1970年代に劇的なシフト現象が起きた。1960年代の終わりに学校間格差是正と称して学校群制度が敷かれ、当時東大合格者日本一だった超進学校・日比谷は崩壊した。1970年代に国立御三家と私立御三家が一気に伸びた。1980年代になると開成高校を筆頭とする私立中高一貫校の優位が完成し、開成はかつての日比谷高校と良く似た存在となった。両者の東大合格者数はほぼ同じである。ブランド力も近い。
 日比谷高校は近年劇的な復活を遂げているが、首都圏の優秀層は中学受験に流れることが固定化してしまい、日比谷は開成に対抗することが不可能になっている。

 神奈川県は1980年代前半まで公立進学校が優位だった。最も栄光学園は1950年代から良かったので現在の福岡県に近い併存型だったと言えるだろう。しかし、1980年代後半から学区制が原因で公立高校の衰退が始まる。神奈川県の公立高校のレベルが時代によって大きく変わるのはお馴染みの入試改悪が原因だ。代わって神奈川御三家が躍進し、現在に至るまで圧倒的優位を築いている。

 なお、首都圏には国立附属という分類しにくい存在があり、兵庫県ほど明確に対比ができない。国立附属は高校受験で伝統的に最高峰であり、完全には高校受験が衰退しなかった。早慶附属の存在は更に特殊である。

 広島県も地方都市ながら「シフト現象」が発生した地域だ。歴史的悲劇が理由で広島県は日教組が強く、公立高校の進学校化を阻む体質が長年に渡って続いた。そのために広島県では広島学院や修道といった私立中高一貫校が圧倒的に優位である。広島にも国立附属が二校あるので厄介だが、概ね私立中高一貫校が優位と考えてよいだろう。

 他にも似たような「シフト現象」が発生した都道府県として、京都府や和歌山県などが挙げられるだろう。
 
 面白い経緯を辿ったのは長崎県だ。長崎県では入試制度改悪に反対した当時の副知事が自ら学校を設立したのだ。それが長崎県トップ校の青雲である。下宿生の減少で青雲は一時期よりも落ちているが、それでも辛うじて県内トップの座を守っている。長崎の場合は青雲の他に強い私立が存在しないので、愛知県と同じ併存型と言ったほうが良いのかもしれない。

越境者の影響が強い地域〜鹿児島県・埼玉県・大阪府・奈良県〜

 こうした現象に当てはまらない変則的なケースが存在する。その代表例が鹿児島県だ。鹿児島の人口あたりの東大合格者数は全国トップクラスであり、その理由はかつての超進学校だったラ・サール高校だ。
 
 ラ・サールは灘に次ぐ私立超進学校の走りであり、日本中から成績優秀者が流れ込んだ。公立高校に行きたくない福岡の優秀層も多くがラ・サールに流入した。こうした越境者の影響で鹿児島県の進学実績は大きく揺さぶられている。
 鹿児島の面白いところは、ラ・サールがありながらも地元の公立の鶴丸もまずまずの実績を出していることだ。他の県立トップ校と遜色ない。この点も鹿児島の特殊事情を伺わせる。ラ・サールは平成になるとやや衰退する。全国に様々な中高一貫校が増えるからである。

 同様の現象が見られるのは奈良県だ。奈良県は人口あたりの東大・京大合格者が極端に多い。原因は東大寺学園と西大和学園に県外から優秀な生徒が流れ込むからである。関西圏では灘の成功がきっかけで中高一貫校に通わせたい家庭が激増した。これらの生徒は灘に届かない場合、公立中ではなく二番手の中高一貫校に通う事が多かった。こうして東大寺と西大和は有名進学校へと上り詰めた。両校ともにいち早く時代の波を察知して中高一貫化を進めたのが成功の原因だった。

 逆に成績上位者の流出が目立つのが大阪府である。大阪の東大合格者は人口を考えると非常に少ない。東大進学者の殆どが灘や東大寺に流出するからである。大阪府は地元の反対で入試制度改悪が行われず、北野高校がトップの座をキープし続けた。他の公立進学校も同様である。これらの学校は非常に京大志向が強く、東大合格者は学校のレベルに比して少ない。
 強い私立中高一貫校は大阪星光学院に限られる。大阪府は併存型と言えなくもないが、東大と国立医学部は私立中高一貫校が圧倒的に優位だ。
 大阪の不完全な「シフト現象」は他県が原因で起きた。首都圏の有名進学校が都心に位置するのに対し、関西圏の有名進学校が軒並み郊外に存在するのはそのためである。

 埼玉県の大阪府に良く似ている。埼玉は伝統的に浦和高校が君臨しており、県内でその座を脅かされたことはない。栄東や開智も浦和を倒すことはできなかった。
 ただし、浦和高校のライバルは県外に存在する。それは超進学校・開成高校である。開成は埼玉県から優秀な生徒を軒並み駆り集めているのだ。そして開成に届かなかった生徒は海城など都心の中高一貫校に通う。他県の「シフト現象」が原因で公立進学校が脅かされた例と言えるだろう。

 これらの都道府県の共通点として、公立高校が没落せず、ある程度の強さを保っていることだ。名古屋や福岡の更に激しいパターンと言ってもいい。東大クラスの上位層は私立中高一貫校が優位だが、そのすぐ下のクラスでは公立進学校がかなり頑張っているのである。

公立高校が中高一貫化を進めている地域〜千葉県・茨城県〜

 私立中高一貫校が公立高校の優位を覆せる理由は中学受験で生徒を青田刈りできるからであった。公立高校がいかに改革をしても優秀な生徒が高校受験まで残らないのだ。それならば公立高校も中高一貫化すれば良いではないか、というのがこれらの県である。
 
 千葉県では1990年代まで県立千葉高校が頂点として君臨していた。しかし、千葉県でも2000年代に急速に「シフト現象」が発生することになる。渋幕が躍進を遂げたからだ。現在の千葉県では渋幕が県千葉の代わりに君臨している。
 渋幕の躍進も越境者が原因だ。渋幕は併願日の関係で超進学校に落ちた成績優秀者を引き寄せることができたからだ。また、千葉県でも中学受験が盛んになったことも大きい。高校受験まで待たずに中学受験で開成に上位層が流出するのである。これは埼玉と同じだ。
 この状況を打破するために県千葉は2000年代に中高一貫化を始めた。ただし、県千葉は渋幕の後塵を拝している。一つは既に中学受験で渋幕の優位が確定しているからであり、もう一つは一貫化が中途半端だからだ。高校受験組に配慮して県千葉は先取り学習を行っていない。一方で日比谷と翠嵐のように「内部生がいない」ということを売りにして高校受験で戦うこともできない。現時点で県千葉がどうしても勝てない相手は渋幕と開成であり、近年では「内部生がいない」ことを売りにした県立船橋にも生徒を奪われている。

 茨城県では「シフト現象」が発生せず、土浦第一や水戸第一といった公立進学校が君臨している。ただし近年は江戸川学園取手や並木中教といった中高一貫校が伸びつつあり、公立の側が先手を打った形だ。こうした取り組みは全国でも初であり、今後の動向が注目される。

 近年増加している公立中高一貫校だが、興味深い特徴がある。それは千葉と茨城を除いて公立トップ校は中高一貫化していないことだ。例えば都立の場合、日比谷・西・国立の御三家は高校単独校のままで、二番手の小石川や両国が中高一貫化している。これはかつての私立と同じく、二番手校が逆転するのは中高一貫化が有効だからだろう。これらの学校は急速に実績を伸ばしており、東大合格者も多数排出している。高校単独校には少ない理三合格者の姿も散見される。中高一貫教育の有効性を表しているだろう。

公立が盛り返した地域〜岡山県・石川県〜

 私立中高一貫校に押されかかったが、なんとか公立進学校が押し返したのが岡山県である。岡山県のトップ校は県立の岡山朝日高校で、戦後一貫して君臨してきた。入試制度改悪の影響で、岡山県では90年代頃に岡山白陵が躍進した。一時期は岡山朝日を抜いて県内一位となった。しかし、この状況に焦った県の側が改革を進め、岡山朝日は復活した。岡山白陵はいい線まで行ったものの、近年凋落傾向にある。「シフト現象」が完了する前に県の側が改革を進めて盛り返した稀有な例だろう。

 石川県はこれまた特殊である。私立中高一貫校の代わりに国立エリート校の金沢大附属が存在するからだ。金沢大附属は北陸地域で突出したエリート校で、全盛期は学年の30%近くが東大に進学していた。
 しかし、近年金沢大附属は凋落傾向にあり、代わって公立の金沢泉丘が躍進している。人数が違うので単純比較は難しいが、金沢泉丘の方が勢いがあるのは間違いない。

 国立進学校の扱いは難しい。国立附属は私立と公立の中間の性質を持つ。エリートの師弟が多いが、学費は安い。附属の小中が付いていることが多いが、中高一貫の先取りカリキュラムを行っていない。そもそも中高の内部進学は保証されていなかったりする。これらの理由により国立附属は「シフト現象」の考察対象外だ。
 
国立附属は独自の動きをする。国立の強みは公立高校の入試制度改悪の影響を受けないことだ。1970年に日比谷高校が没落すると国立御三家の筑駒・筑附・学大附は一気に躍進し、超進学校となった。これらの学校は先取り学習を一切せず、高校入学者が実績を稼いでいたので、私立中高一貫校とは様相を異にする。筑附は80年代になると二番手校になり、学大附は2010年代に衝撃的な凋落をした。
 国立の売りの一つは学費の安さであるため、公立が復活するとあおりを食らう。近年の両校の低迷はそのためだろう。ただし筑駒だけは中高一貫校ということになっているので、灘や開成に近いふるまいをしている。1960年代から現在に至るまで、筑駒は首都圏中学受験の最高峰として不動の一位になっている。

最初から私立が優位だった地域〜高知県〜

 高知県の私立中学進学率は20%と東京都に次いで極めて高い。地方都市には極めて珍しい。高知県は1949年の学制改革当初から私立高校が優位だった県であり、日本で最初に「シフト現象」が起きた都道府県である。 

https://todo-ran.com/t/kiji/15306  より
高知県の私立中学進学率が特異に高いことが分かる。

 上の図は私立中学の進学率を表した図である。首都圏と関西圏で中学受験率が高いことが分かる。広島県も高い。強い私立進学校があるにも関わらず愛知県や福岡県は中学受験率が低く、公立王国であることを実感する。大都市圏ではないにも関わらず、私立中学の割合が非常に高い高知県はかなり例外的な存在である。

 原因は学制改革の際に高知県が公立高校の全入制度を作り、公立進学校が崩壊してしまったことにある。事態が進行した時には手遅れで、既に私立高校の優位が完全に確定していた。
 高知県の公立進学校の崩壊の一つは日教組の力が強かったからとも言われる。高知県の共産党の得票率はかなり高い。高知県より高いのは京都府だが、こちらもやはり公立進学校が早期に崩壊した。

制度に翻弄される公立進学校

 公立進学校の弱みの一つは制度改革によって翻弄されることである。公立高校はトップ層から底辺層まで相手にするため、どうしても不安定になってしまう。教育委員会の中には理想主義に燃えていたり、色々な権力闘争があったりして学校間格差を是正しようという動きが強くなる。学区制や学校群制度はその例だ。こうしていくつかの都道府県で名門公立進学校は没落していったのである。
 残念なことに、こうした取り組みは無意味だった。公立進学校が没落した都道府県では「シフト現象」で私立進学校が興隆し、学校間格差はそのままだったからだ。むしろ中学受験が加熱して問題は増幅したかもしれない。

 公的機関というのはどうしても平等主義的傾向が強いので、トップ層を伸ばすより下位層をどうにかしろという方向に向きやすい。内申点もその一つだ。こうした制度は上位層にとってはむしろマイナスとなる。公立エリート校という存在は、度々横槍が入って没落するリスクを抱えているのだ。

 
 

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