イスラエルが停戦するタイミングを探る

 驚くことではないが、イスラエルとハマスの停戦話はまたまた決裂したらしい。ネタニヤフ首相はハマスが自分たちの条件を受諾しなかったのが理由ということを述べている。ただ、今回の決裂の原因がハマスにあったかは疑わしい。ネタニヤフはハマスとの停戦を以前から再三再四否定している。今回の交渉もやる気はなかったのではないかと言われている。

 イスラエル・ハマス戦争は停戦の話が何回も持ち上がりながらも、その都度決裂している。どうにも、和平交渉が持たれることと戦争が継続することにには関係が無さそうだ。ロシア・ウクライナ戦争に関しても戦争当初から話し合いは持たれてきたが、停戦の素振りはない。ネタニヤフによる和平交渉も形式的な儀式であるという可能性は極めて高い。

 未来予測になるが、イスラエルとハマスの停戦はどのような形でもたらされるか考えてみよう。ネタニヤフは今回の戦争の目的をハマスの殲滅に置いている。人質の奪還を表向きは掲げているが、人質の返還と引き換えにハマスを容認するというシナリオはなさそうだ。実際、イスラエル国内でもネタニヤフ政権は人質を奪還するつもりがないという批判も出ている。

 ネタニヤフ政権がなぜここまで強硬な態度に出ているのか。その理由はいくつか考えられる。表向きの理由はハマスとの共存が不可能であることが明白になったこと、人質奪還のための軍事的圧力が必要だということだろう。ただ、裏の目的があることも指摘されている。第一に汚職で不人気のネタニヤフはテロを防げなかった責任を追求されており、停戦した場合は失脚どころか刑事訴追される可能性が高い。第二にネタニヤフ政権は極右政党との連立であり、強硬派の意見を無視できない。第三に、ここまで国際的な悪評が名高くなった以上、ハマスを殲滅しなければ割に合わない。ここまで殺戮を続けてしまったら、もう勝ち切るしかないのだ。

 イスラエルがハマスを攻撃する理由がありすぎるため、停戦は極めて考えにくい。ネタニヤフは2024年いっぱい軍事作戦は続くと宣言していたが、実際にそうなる可能性も十分にある。国際社会の停戦圧力をあの手この手で黙殺し続け、攻撃を続けるだろう。ガザ最南部のラファには150万人の避難民が身を潜めているが、ついに最終攻撃に入るとのことだ。当然、多数の死者が出ることは予想される。国際社会はやめさせようとしているが、イスラエルはどこ吹く風である。

 イスラエルが攻撃を停止するタイミングはどこにあるのだろう。ネタニヤフはハマスの完全殲滅まで戦うと言っているので、実際にそうするのだろう。ハマスをガザから根絶しなければイスラエルは政治的に敗北してしまう。中途半端な状態で停戦した場合、イスラエルの悪評がばらまかれた上にハマスが復活する可能性が高いからだ。問題はどこまで行けばイスラエルの短期目標が達成されるのかという点だ。

 イスラエルが大規模戦闘を中止するタイミングとしてはガザ地区全土の制圧が挙げられるだろう。現時点でもガザシティにはハマスの戦闘員が抵抗を続けている地区があり、イスラエルは苦戦を強いられている。南部のラファやハンユニスの制圧も当然のことながら必須だ。市街戦は精鋭のイスラエル軍にとっても苦しい戦いで、モグラの巣の中に入るようなものだ。イラク軍がモスルの戦いでISISを駆逐するのに7ヶ月もかかったが、イスラエルがガザシティを制圧するのも長い時間がかかるだろう。

 他の目標として、ガザ地区のハマス指導者のシンワル氏の殺害も含まれるだろう。イスラエルの過去の歴史からすると、彼らがハマスの幹部を生かしておくとは考えにくい。ファタハにせよヒズボラにせよ軍事部門でイスラエルに対するテロ攻撃に関与した人間は殺害のターゲットとなっている。基本的にハマスの幹部クラスの人間はいつ殺されてもおかしくない。イスラエルはハマス幹部の脱出と引き換えに停戦を提案したという報道もあるが、ハマス側は即時拒否している。ガザ地区から幹部が逃げ出したとなればハマスの沽券に関わるし、地域への影響力は格段に下がるからだ。

 ハマスとイスラエルの間に停戦協定が成立する可能性は現時点では極めて低いと言わざるを得ない。イスラエルの側に立ってみると、ハマスとの停戦は何一つ問題の解決にならない。今までのテロが続くだけだ。これではわざわざ国際的批判を覚悟で戦争に踏み切った意味がない。ハマスの側に立ってみると、イスラエルが停戦をする気がないので、ハマスも存亡を掛けて戦うしか無いということになる。

 ネタニヤフはここまでやってしまった以上、最後まで勝ち切ることを選ぶと思う。アメリカは大統領選挙で混乱に見舞われるので、今がチャンスだ。バイデンは選挙対策上、イスラエルに強く出ることはできない。ネタニヤフは完全勝利まで突き進むはずだ。エジプトやサウジアラビアはイスラエルを口先では非難するが、おそらく既存の同盟関係を変えることはない。エジプトは平和条約の破棄を仄めかしているが、もしイスラエルと敵対する気ならガザとの境界を完全封鎖することはないはずだ。エジプトは難民の流入を恐れており、攻撃は程々にしてくれというのが本音だろう。エジプトはイスラエルと強固な同盟関係にあり、当分の間揺らぐことはなさそうだ。

エジプトはガザとの国境を二重三重に封鎖している。

 イスラエルがガザ地区を完全制圧するのは2024年の春から夏にかけての時期だろう。この段階になるとようやくガザ地区の全土をイスラエルが占領統治に置くことができる。ただしハマスの戦闘員は地下に潜るし、住民の支援も強いので、ゲリラ戦は続くだろう。イスラエル軍の死傷者は現時点では少ないが、占領統治の段階になると増加するだろう。現時点でのイスラエル軍の戦死者は200人強だが、占領統治の段階になると確実にこれより多くなるはずだ。統治の正統性の主体として駆り出されるパレスチナ政府は機能しないだろう。アメリカはパレスチナ政府に期待しているようだが、ネタニヤフはこれも否定している。現時点でのガザ地区の死者は2万9000人とされているが、瓦礫の下に行方不明者が8000人いるとも言われている。既に犠牲者は3万人を優に超え、4万人に近づいている。ラファへの総攻撃が行われれば更に増えるだろう。現時点でイスラエルがガザ地区の半分を制圧していることを考えると、最終的な死者は5万や6万といった数値になる可能性が高い。ガザの人口の2%〜3%である。

 戦後のガザの統治は全く不透明だ。イスラエルは入植地をガザに復活されるつもりは無さそうだ。エジプトに協力を頼む案もあるようだが、エジプト側が完全拒否している。この国はとにかくガザに関わりたくないのだ。パレスチナ政府も機能しないだろう。おそらくガザの中で比較的マシな人物を立て、傀儡とするのだろう。ガザは刑務所のような状態となり、住民は外界から完全にシャットアウトされるだろう。今までもガザは封鎖状態だったが、戦後のガザは複数の領域に細かく分断され、お互いの行き来も難しくなる。イスラエルは途上国からの出稼ぎ労働者を募集しており、ガザ住民のイスラエルでの就労も認められなくなるだろう。UNRWAの一件を考えると、国際機関すら十分には活動が認められなくなるかもしれない。

 ただ、これほどの殺戮が行われればガザの住民も厭戦機運が高まるだろうから、イスラエルに対する抵抗運動は思いの外盛り上がらないかもしれない。この場合、ガザはイスラエルによる過酷な占領統治が続き、住民は我慢して耐えることになるだろう。完全に囚人のような状態だが、やむを得ない。現在でもすでに兆候があるが、ガザ戦後に成立する傀儡政権(自治政府だろうと、新しく成立する政権であろうと)は無能だろう。イスラエルという「仇敵」に協力する住民は大半が金のために故郷を売り飛ばすろくでなしだからだ。

 現在、イスラエルはガザの最南部に当たるラファへの侵攻を進めている。ラファ侵攻を国際社会は食い止めようとしており、あたかも侵攻を思いとどまるかのような交渉ポーズをイスラエルは見せている。しかし、おそらくネタニヤフは最終的にラファへの侵攻を実行する可能性が高い。現在の交渉はおそらく時間稼ぎだ。軍事上の準備というよりも、国際社会の圧力をごまかすためのパフォーマンスだろう。ラファに進軍しなければハマスはいなくならないし、戦後のガザ統治も不可能になってしまう。イスラエルにとってガザ地区の全土制圧は必須であり、国際的批判にさらされたとしても、何が何でも実行するはずだ。極論、ならず者国家になってもイスラエルは問題ないと思っているだろう。シリアのアサド政権だってアラブ連盟に復帰しているのだ。先ほど述べたようにアメリカはイスラエルを支持しないわけにはいかないし、サウジアラビアをはじめとしたアラブ諸国もはぐらかしている。エジプトは怒り心頭だが、これは難民の流入を恐れてのものだ。

 長々と述べたが、とにかくイスラエルはガザ全土を制圧するまで大規模軍事行動をやめないし、イスラエル経済の悪化を考えるとなおさら今のうちに決着しておきたいだろう。国際社会の圧力で中途半端に停戦する事態は避けないといけない。したがって今年の5月辺りまで全面戦争は続くのではないかと予想している。もちろんその後は長く苦しい占領戦が待っている。イスラエルは先進国の軍隊の例にもれず、この手の占領統治が苦手だ。レバノン戦争の時も、一瞬で敵軍を破りながら、15年にわたる南レバノン統治に関してはてこずった。レバノンのヒズボラよりはマシかもしれないが、イスラエル軍はしつこい抵抗分子の存在に手を焼くだろう。


 

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