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<地政学>温暖化でロシアはシベリアを奪われるだろう

 日本ではあまり話題にならなくなったが、未だにアメリカなどでは重要な争点になるのが地球温暖化だ。実際に、地球温暖化がどこまで影響するかとか、実際に困る人がどれくらいかに関しては予測ができない。これは地政学の記事なので、もし温暖化が起こったとして、地政学的にどのようなインパクトがあるかに付いて考察する。

ロシアは温暖化で勝ち組になる?

 しばしば温暖化で勝ち組になる国の筆頭として挙げられるのがロシアだ。この国はシベリアに広大な寒冷地を抱えており、もしシベリアが解凍されれば可住地が一気に広がるだろう。

 また、北極海航路の存在も注目される。これまでユーラシアの東岸から西岸に向かうにはマラッカ海峡とスエズ運河を通るのが一番近道だった。しかし、温暖化で北極海の氷が溶けるとベーリング海峡から北極海を通って北からヨーロッパに向かうルートが開通されるだろう。これが実現すれば現在の海洋地政学は大きく変化するはずだ。ロシアは海運の要衝となり、大いに栄えるだろう。

 しかし、地政学的に考えるとロシアにとって必ずしも良いことばかりではなさそうだ。純粋に経済的な側面から見ればメリットだらけなのだろうが、地政学的に見ると意外なデメリットがあったりする。石油資源が国を安全にさせるとは限らないのが典型例だ。ロシアは温暖化によってむしろ脆弱になる可能性が高く、これはロシア国家の成り立ちから続く宿命なのである。

気候という障壁

これは世界の語族の分布を表した地図である。これを見て気づくことはないだろうか。

 ユーラシアの北部に東西にまたがってロシア語は分布している。その南にはやはり東西に長くトルコ系言語が分布している。その南にはサウジアラビアからモロッコにかけてアラビア語が分布している。これらはすべて過去の征服と移住の結果である。ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」で言及されていたように、東西方向の交流は南北方向よりも活発なようだ。これは気候が同じ場所との交流がしやすいからである。英語もよく見るとイギリスと似たような緯度のアメリカやオーストラリアに分布している。日本の歴史を見ても関東から九州まではすぐに統一されたが東北と北海道は時間がかかった。

 シベリアはロシアの中心部から遠く離れている。交通は極めて不便なはずだ。モスクワからシベリアまでは何千キロも凍土を陸路で走らなければならないのだ。ロシアがこの地域を守るのは極めて難しいようにも思える。日本や中国の方が遥かに地理的に近接しているからだ。

 しかし、歴史的事実は大きく反する。ロシアがこの地域を征服したのはまだロシアが弱かった17世紀である。地理的に近いはずの中央アジアの方が遥かに年数を要している。しかもシベリア地域はヨーロッパ方面のような深刻な侵略行為にも遭ったことがない。どうにもシベリアはロシアにとって比較的確保しやすい地域のようなのだ。

 この理由は気候的理由にある可能性が高い。ロシアは東西方向に領土を拡張した結果シベリアに到達したが、日本や中国は南北方向に向かわなければならない。ロシア人は寒さに慣れているが、日本人や中国人はシベリアに行くと寒すぎて凍死してしまうのだ。ロシア人も本当は暖かい方が良いのだろうが、温暖な地域は人口密度が高く、ロシア人の強みも行かせないので征服は難しくなる。

 こうした事情により、シベリアは難攻不落だ。中国はシベリアに進出したことがないし、日本はシベリア出兵でバイカル湖の向こうまで行ったものの、撤退してしまった。凍土は海と並ぶ強力な障壁で、温帯の人間はシベリアに攻め込むことができないのだ。自国と気候が異なる地域に侵攻することは極めて難しいと考えて良い。

温暖化でシベリアが奪われる?

 中国はこれらの事情からシベリアへの拡大志向は弱かった。ところが温暖化で気候が変化した場合、そうでもなくなるかもしれない。沿海州やバイカル湖周辺と言った地域は中国人でも居住可能となる。中国軍がシベリアに進出し、地域を勢力圏に入れてしまうかもしれない。

 シベリアの地政学的重要性は温暖化で高まるだろう。この地域の莫大な天然資源は中国にとって垂涎の的だろうし、北極海航路を押さえれば海洋進出にかなりの強みとなる。中国は沿海州を帝国主義の19世紀に盗まれた領土だと考えており、「奪還」をすれば気分がすっとするはずだ。

 一方でロシアの側はどうか。ロシアは人口減少が深刻で、極東の領土を維持できなくなっている。あれほど広大にも関わらず、極東地域の人口は600万人ほどで、北海道と変わらない。温暖化で気候が改善されたとしても、現在の人口動態では開拓者が押し寄せるとは思えない。対する中国東北部の人口は1億4000万である。シベリアはがら空きの過疎地域であり、中国にとっての格好の獲物だろう。中国東北部のうち300万とか400万が移住すれば簡単に乗っ取れる。

 こうなると、シベリアは難攻不落の要塞から巨大な真空地帯となるので、非常に不安定になるだろう。シベリアの住民は中国に支配される懸念から、ますますモスクワに傾倒するが、ロシアにシベリアを維持する力があるかは怪しい。温暖化したシベリアをロシアが支配しているのは、地政学的に不自然なのだ。この圧力に抗うのは容易ではないだろう。冷戦時代のソ連は中国を国力で圧倒していたが、最近は中国の国力はロシアの10倍に迫っている。これほどの勢力不均衡が地理の力無しで保てるわけもなく、ロシア東部はバラバラになってしまうだろう。

 これを防ぐ方法が無いことはない。ロシアが西側になることだ。中露の友好関係はシベリアの凍土が緩衝地帯になっているという要因が大きいので、もし温暖化でシベリアが通行可能になれば中露は普通の隣接し合う大陸国家になるだろう。この場合、関係は悪化する。ロシアは勢力均衡の観点からアメリカや日本に接近し、両国が力を合わせて中国からシベリアと北極海航路を守るかもしれない。

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