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フランソワ・オゾン監督作品『まぼろし』

大学で英文学の講師をしているイギリス人・マリー(シャーロット・ランプリング)とフランス人の夫・ジャン(ブリュノ・クレメル)は結婚生活25年目を迎える夫婦。その年の夏も、ふたりは仲睦まじく南仏にある別荘を訪れた。
しかし、マリーが浜辺で寝ている間に海に入ったはずのジャンがいつまで経っても帰って来ない。レスキュー隊や警察の捜索も難航して絶望的な状況になるが、マリーはジャンが帰ってくるのではないかという期待を捨てきれないままヴァカンスを終えて独りパリへ帰る……。

https://lp.p.pia.jp/event/movie/8763/index.html

フランソワ・オゾンの作品は結構好きなのだけど、初期作品をあまり観ていない。一昨年(2021年)のリバイバル上映、そして先日の新宿武蔵野館で上映されていた『焼け石に水』も観に行きたかったけど、諸事情によりそれも叶わず。まず「死についての三部作」を観ようと思い一作目の『まぼろし』を観たのだが、これがほんとうに素晴らしかった。

友人・アマンダ(アレクサンドラ・スチュワルト)宅でアマンダ夫妻やヴァンサン(ジャック・ノロ)と食事を囲み、アマンダと台所を片付ける一連のシーンでも、マリーは明るくジャンの話をする。
その後、マリーが大学で講義をしているとレスキュー隊の一人が学生として座っているのに気がついて動揺し、授業を途中で切り上げてしまうが、追いかけてきた彼に知らないふりをする。夫の幻影越しに現実と対処しようとするマリーだが、現実はマリーをその状態のまま放っておいてはくれない。その場合マリーはどうするかというと、現実を拒む。
分かりやすく狂うのではなく、喪失感に蝕まれていく過程を見せる丁寧で残酷な演出。観ているこちらまで胸がキューッと切なくなる。

ほんのいっときの安らぎにすぎなくても、幻影に縋るマリー。ラストの砂を掴んで泣くボロボロなシーンでは最高潮に胸が痛くなった。ラストカットの余韻たるや。
あと、何といってもシャーロット・ランプリングの表情が素晴らしい。撮影当時54歳くらいの彼女は年相応でありながら若々しく、しかし哀感にも満ちている。皺や口角、そして瞳で物語るシャーロットの演技は年々円熟味を帯び、最近だと『すべてうまくいきますように』や(海外では数年前に公開されていた)『ヴェネデッタ』でもその魅力を発揮していた。もっと彼女の出演作品を観てみようと思う。

本作の終盤でジャンの母親、つまり義母にあたるスザンヌ(アンドレ・タンジー)と対峙するシーンでのクローズアップも素晴らしかった。20数年ジャンを挟んで対立してきたであろう二人の女が、悲しみを共有していながらチクチクと相手を挑発しあうシーンは見事なもの。
ちなみにこの義母役・アンドレ・タンジーというひとのことを調べると、国内ではだいたい本作と『キングス・アンド・クイーン』くらいしか紹介されていない。
さらにIMDbなどで調べると、若かりし頃にはルイス・ブニュエルの『小間使の日記』やジャック・ドゥミの『ロバと王女』『モン・パリ』そのほかフランスのテレビドラマにも数多く出演していたベルギー出身の俳優さんということを知った。『まぼろし』に近いあたりでいえば、ミヒャエル・ハネケ『コード・アンノウン』にも出演しているとのこと。

なお共同脚本執筆者の一人エマニュエル・ベルンエイムは、オゾンと本作のあと『スイミング・プール』『ふたりの5つの分かれ路』『Ricky リッキー』でも仕事を共にした作家である。国内では今年の初めの方に公開されていた、『すべてうまくいきますように』は彼女が家族のことを記した作品である。(ソフィ・マルソーが演じていた「エマニュエル」こそがエマニュエル・ベルンエイムの映し姿)

よかったらぜひ『まぼろし』観てみてください!今回はここまで。
それではごきげんよう。


製作年:2000年
監督:フランソワ・オゾン
脚本:フランソワ・オゾン、エマニュエル・ベルンエイム、マリナ・ド・バン、マルシア・ロマーノ
出演:シャーロット・ランプリング、ブリュノ・クレメール、ジャック・ノロ
配給:ユーロスペース
アスペクト比:1.85:1
上映尺:92分
字幕翻訳:松岡葉子

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