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救い

人は人に救われるのだ、と
この年齢になって
ようやくわかる。

震えていた自分を
奮い立たせて
通し稽古に向かう。

演出が
言葉をかけてくれた、と
皮膚が感じとる瞬間がある。

孤独な荒野でひとり
髪を振り乱してやっていたことを
誰かに、発見してもらえる
瞬間がある。

ああ。
あとは溢れるばかり。
言葉には出来ないことが
この世にはある。

わたしは今日やっと気づいたのだ。
自分があんなに苦しかったのは
プロだったからでも
調子が悪かったわけでもなかった
ということに。

やり直そう、と思っていたのだ。
間違っていた過去を。
そして、もっと強い人間になろうとしていた。

それは、違っていた。
むしろ、わたしは。
自分の身の上もわきまえず
高みを、常に高みを目指しすぎた。
目指しすぎて、実力が届かず
自らを憎んだ。
永遠に届かない「理想の演技」の前に
恐怖で怯えるばかりだった。

演劇漬けで
演劇狂いだった。
それしかなかった。
それで不幸で
それで幸せだったのだ。

わたしの過去は
間違いではなかった。

もう一度生まれ変わっても
わたしは演劇をやるだろう。
それを憎み、それを愛するだろう。

それは、宿命なのだ。

わたしは自分の名前が
俳優だったということを
今日はじめて理解した。
それを教えてくれたのは
わたしを追いつめた「恐怖」である。

この世には
不思議なことが沢山ある。
まだまだきっと。

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