海を見ていた。

カモメはすがたも見せず、声だけを僕にきかせる(ウミネコかもしれない)

まだ寒い。だから一人、砂原にはヤドカリすらいない。

僕?止めようとする人だって一人もいない。森、林、山としげしげ入っても一人消えてしまっても世界は、日常は何もかわらず、パズルに例えたら僕はピースではない。ピースの上から、いや(プラスチックの)ピースの上に(水性で)描かれた、子供が描いたどうでもいい絵だ、なんどだってかきなおせばいい。

代わりなんていくらでもある。だからこの崖からおちて海と一つに、すがたを見せないカモメの一員になってしまうのがオチだ。それがいい。

僕は息をのむ。唾ものみこめないで、目もかわく。下を見れば足もすくむ決意もゆらぐし、本当は死にたくないんじゃないか、とすら思う。

でも次、気が付いたら、気をぬいたからか風に背中を押され僕は断崖の、海へと飛び出した。

あとは耳がキンとなるだけだった。

しぱしぱ。目を開くと、頭の痛み、歯の痛み。生きていることに安心している自分と人魚がいた。わらっていた。初恋のあのこに似ている、なんていうつもりはないが。

そう、言うならばこの人魚が初めての恋の相手だった。でももう一つ沸き立つ心があった。おいしそう。人魚を見ていだくのは寿司を前にしたあの感覚だった。(回転寿司に始めてきた時の記憶も甦る)だが、食べようとすれば食べられるのは僕の方だ。

それだけはわかった。

彼女はなにも言わない。熊と鉢合わせたときの気持ちになればいいのだろうか?海ではきっと彼女のほうが上で僕はただの食べ物だ。

死にかけの人を食べて人の味を覚え、自分から人を襲う熊。

僕は彼女をそんなかわいそうな生き物にしたくなかった。

だから僕は好きになった人を殺した。首筋に、白い首すじを赤くそめて。だんだん白く、好きに、白くなっていく顔を見ていた。驚いたようにおたがい目を見合わせて。

海が赤くなっては何事もなかったように次の波がそれを隠す。

首の肉はとても美味しかった。

人魚は表情もかえずに、ニタニタわらって、佇んでいた。
もう死ぬのに、これじゃあいいことをしたみたいで申し訳なくなる、わからなくなる。僕は水の冷たさに耐えきれず。言った。

「なんでわらう。」と僕「だって、私はあなたの中で一生生きつづけるんだもん。」血が邪魔をしているはずなのに嫌にのうに響く声。

それだけ言うと、泡となって消えてしまった。赤黒いドロリとした泡になって。

それから僕はねむることも食べることもできなくなった。

ねむらないのにゆめをみることがあるとしった。

少女をなんども、いろんなほうほうでころすゆめ。

一番おかしかったのは粘土を口に、喉につめこんで窒息させる夢。
でもリアルで心にくる。何度も飛び落りた。薬もたくさんのんでも、くるしいだけで少しも死ねない。いつの日か本当に少女をころしてしまうかもしれないと自分がこわくなった。だからバットを握りしめ歩いている学校帰りの少女を襲い、力いっぱい殴りつけ、食べた。

現じつはゆめよりもいくらかマシで、人魚とおなじあじがした。

僕は逃げた。走り、海に向かって、カモメ、波、すべてが心地いい。
  「おかえり」とたしかに聞こえた。

人の味を覚えた熊は僕のほうだった。今日の浜辺はひとりじゃなかった。小さい、親とはぐれた女の子。泣いている。
「大丈夫?」と声をかける。ふりかけでもかけている気分だった。
「いっしょにさがそっか。」と言った。砂をふみしめる足がだんだん重たくなっていく。

足を引きずりながら歩き、話をした。少女はお金持ちでしあわせそのものだった。海で迷子になって泣くことはあっても、海を見て泣くことはない、この子はそんな人間だった。

僕を見て、目を合わせて、わらって、わらって。

「どこからきたの?」と訊かれた。少女はきっと僕に恋をしていたし、好きにもなっていたのだろう。僕も好きだった。抱きしめた。魔が差した。首すじに、白い首すじに噛みついて。

「海の底」「ずっと僕の一部になって見守ってほしい。」と言った。

足はすでにヒレに変わっており、恋心も食欲に。

水の中で泡を吐き続ける女の子の声、顔は僕の一生の宝物として息づいてくれると。そう思った。

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