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釣れない釣り フライフィッシング     だが桃源郷はある

 『北海道FFの3年』全3章

第1章 「北海道初年度」
 
 平成9年。兵庫県や鳥取県をベースに、丁度その年から退職した義父とのFFの旅は始まりました。

 しかし、見様見真似では大した釣果も上がらず、平成13年からは岐阜、福島、秋田へと足を伸ばすも、釣果ははかばかしくありませんでした。 

 平成17年。北海道へ行けばたくさん、簡単に釣れるのではないかという単純な考えから、北海道へ行くことに決まりましました。
 しかし、どこをどう行けばよいのかまったくわかりません。
 いろいろと探すうち、ガイド、しかもフライフィッシング専門のガイドという職業があることを知りました。

 連絡を取ると、どんな釣りがしたいかと聞かれました。とにかく釣りたい、たくさん釣りたいと伝えると、2泊3日(ガイドは1日)で300匹ほど釣らせてくれました。

 しかし、ほとんどがキーホルダーサイズでした。
 さすがに最終日は飽きてしまいましたが、とにかくたくさん釣ることはできました。
       「北海道初年度」 完

          
第2章 「北海道2年目」全4話
第1話
 翌年の平成18年は、ガイドなしで行くことにしました。

 この頃は、JTBのパック旅行を利用していました。ホテルの場所が、たいてい川から遠いため、釣る場所や時間に制限がありました。
 この年は、尻別川を釣るのが目的でした。フライフィッシング界の大御所岩井渓一郎さんの「北海道の尻別川で尺ヤマメを釣る」というビデオを見たからです。

 宿泊地はルスツリゾートホテルでした。家族を置いて逃げるように釣りに来たのに、ここは家族連ればかりで、おまけにホールには回転木馬もあって子供たちがはしゃぎ回り、館内を歩く度に罪悪感を感じて居心地が悪かったのを覚えています。

 釣りの方は、どんな流れで釣ればよいのかも分からず、あちこちの川へ入るも満足できませんでした。数はあがったのですが、サイズが・・・。

 北海道にはキーホルダーサイズの魚しかいないのかと、ほぼ北海道をあきらめかけていました。

第2話
 最終日
 フライトの時刻がせまり、小雨も降ってきました。

 何とか満足のいく魚を1匹釣りたいという強い思いで、ある川へたどり着きました。千歳川の支流です。

 パリ・ダカールラリーのように車を弾ませながら、ずんずん上流を目指しました。

 この頃、「橋があれば、そのたもとから入渓できる」ということにようやく気づきました。 
 貯木場の広場に車を停め、恐る恐るある橋のたもとから下りてみました。

 しばらく上流へ向かって歩くと、急に景色が開け、プール状の流れが見えてきました。プールには上流からの静かな流れこみがありました。
 それまでの経験から、「ここは釣れる」と直感しました。しかも、流れこみの向こう側の水面で魚がライズ(捕食)しているのも見えました。

「いる。でかいのがいるぞ。」
もう心臓の鼓動が聞こえてきそうです。

「このチャンスは絶対に逃してはいけない。」
そのとき、そんな気がしました。

第3話
 一呼吸おいて、フライボックスから16#のブルーダン(毛鉤の種類−小さな羽虫)を選び慎重に結びました。このチャンスをふいにしないためにはこのエースフライをどこにキャストすればよいか。

 いきなり、あの捕食したポイントにキャストせず、手前から攻めていこう。
 まず流れ込みのこちら側、少し下流からキャストし、徐々に先ほど捕食していた辺りに近づくようにキャストすることにしよう。

一投目。
 思い通りのポイントへフライが着水しました。

「大物はもっと後だ。まだ、来るなよ。」
 そんな思いでブルーダンをじっと見つめました。

 ブルーダンがゆっくりとこちらに向きを変えようとし始めたとき、何かがパシャッと咥え去りました。

 反射的にロッド(竿)を立てると、それまでに経験したことのないほどの強い引きで、ロッドがグンッと曲がり、竿先までも水中に引き込まれてしまいました。

 相当な大物に違いありません。
 バレない(鉤が外れない)ことを祈りながら、ライン(道糸)を引かれるに任せたり、止めたり、手繰ったりを繰り返しました。

「魚の引きに逆らってはいけない、魚が弱るのを待とう。」
そればかりを心の中で繰り返し唱えました。

 そうこうするうちに、無理に引かないようにさえすればバレることはない。しっかりフッキング(鉤がかり)できているという確信が生まれてきました。
 そして、
「魚が水面から顔を出せば、息を吸わせてさらに弱らせるんだ。」
と次のステップを考える余裕も出てきました。

 ようやく魚体が見えたとき、予想以上の大きさに、
「ここまで来たら、なんとしてでもネット(たも網)に収めたい」
と思いました。

 次は水面から頭を出した状態を辛抱強くキープすることです。弱ったように見えても魚は人間やネットに近づくと猛然と暴れだすに違いないと、以前の失敗も脳裏を横切りました。

 案の定、「ネットの近くまで寄せては暴れる」を繰り返しました。

 辛抱強く魚が疲れ果てるのを待った挙句、とうとう魚はゆったりとネットに入りました。

第4話
 それは見たことのない模様の丸々と太った魚でした。
 ニジマスでもイワナでもない。アマゴか?
 アマゴは北海道にはいないはず。
 とりあえず写真に納めました。サイズを測りたいと思いましたが、メジャーなど持っていません。

 すると背後から一部始終を見ていた義父が、数枚の笹の葉をちぎってきてくれました。私は魚と同じサイズの一枚を選んでポケットに入れました。

 帰りの機内のテーブルで、その笹の葉を伸ばしては何度も眺めて指でサイズを測ってみました。

 家へ戻って30cm定規で測ってみると28cmもありました。    
 25cmを超える渓魚を釣ったことのない当時の私にとって、驚くほど大きなサイズでした。

 そして、この見たこともない大魚は何という魚なのか、とても知りたいと思いました。
 それまでの経験では、渓流魚ならヤマメかイワナかニジマスのうちのいずれかです。撮った写真と図鑑の写真を何度比べてみても、それらのいずれにもあてはまりませんでした。

「もしかして」
と外来魚を検索してみると、ブラウントラウトだとわかりました。

「北海道にブラウンがいるんだ。」
 日本でもブラウントラウトが釣れると聞いたことはありましたが、まさか自分が釣るとは。
   
 この一匹がなかったら、もう北海道へは行かなかったでしょう。
 以来、毎年のように北海道へ通うようになりました。

 まさに会心の一匹でした。

  後年、再びこの川に行こうとしましたが、林道のゲートが閉まっていて入れませんでした。

      「北海道2年目」完 


第3章 「北海道3年目」全8話
第1話
 平成19年。
 釧路方面への釣行は、3泊4日の2日目。モセツリ川で相変わらずキーホルダーサイズばかりを釣っていました。
 その2年前、弟子屈の小さな川で出会った餌釣り師に大きいのはどこにいるのか聞いたところ、上流にいるとのことでした。その言葉を頼りに上流へは来たものの、さっぱり大物は釣れません。

 と、目の前を尺(30cm)はゆうに超える大きな魚がゆらゆらと泳いでいくではありませんか。いたのです、大物は。
 釣るには近すぎます。あまりにもゆっくり泳ぐので、私もゆっくりついて行きました。大物は、逃げようともせず相変わらずゆっくりと上流へ向かって泳いでいます。

 気がつくと、私の手は背中にぶらさがったネット(網)の柄を探っていました。
「この距離、こんなにゆっくりならネットをそおっと背後から忍ばせて一気にすくえば捕まえられるはず。」
そんな気がしたのです。

第2話
 しかし、
「それをやったらおしまいだぞ。」
と猛然と心の奥底から声が聞こえてきました。
「そうだよな。」
 為すすべもなく大物を見送りました。

 件の大物は、すぐ上流の「く」の字に曲がったえぐれの深みに消えてしまいました。

 すると、急にフライでその魚を釣ってみたい気持ちか湧き起こってきました。

 ジージーっとラインを繰り出し、バックキャストをしようとロッドを立てた私の手はしかし、止まってしまいました。
 大魚が潜ったえぐれの上には大木が覆うように枝を伸ばしていたのです。これまでに散々フライを引っ掛けて失くしたのと同じロケーションです。
 残念ながら、私の腕前では大物の頭上にフライを流す前に枝に絡め取られてしまうのは目に見えています。
 悔しいけれど諦めました。

 その晩、なかなか寝つけませんでした。
「どうしてネットですくって捕まえなかったのだろう。」
咄嗟の行為に意味を見出そうと考えました。

第3話
 答えは「そんなことをしても楽しくない。」という至極当たり前のことでした。
 このとき初めて「釣り」と「漁」の違いになんとなくですが気づきました。
 私は「釣り」を楽しみに来たのであって「漁」をしに来たのではなかったのでした。

 ネットで大物をすくわなかったことで、私は、私の思うフライフィッシャーに踏みとどまることができたのです。
 そう気づくと、さっぱりした気持ちになり、今の技量でどうやって大物を釣ることができるのかを考えることにしました。

 考えた挙句、まず、これまでの経験から、大物がいそうな川の条件を絞ること、そしてリーダー(太い道糸につなぎ徐々に細くなる糸)からフライまでを自分の操りやすい長さにすること、最後にフライを厳選すること。
 この3つについて納得のいくまで考えました。
①川について
 ・標高400m以上
 ・川の近くかその上流に牧場がないこと
 ・林道はバラス(砂利)道であること

②扱いやすいラインの長さ
 ・リーダーは5x9f
    ・ティペット(フライとリーダーをつなぐ細い糸)は6xで1メートル

③フライ
 ・14#~16#のパラシュート系
 ・12#のイワイイワナ

 翌朝、ホテルエメラルドを出て釧北峠へ向い、足寄(アショロ)方面へ下りました。

第4話
 一旦、足寄まで下り、北見方面へ向かいました。
 途中で、昨晩考えた条件に当てはまる3本の支流のある川へ向けてハンドルを切りました。予想通り道はバラスに変わりました。

 まず一気に3本とも横切りました。最も東の奥にある川は白く濁っていました。これでは釣れそうにありません。Uターンして真ん中の川をやり過ごし、西側の川から釣り始めました。
 ここでは20cm前後のニジマスが数匹釣れました。釣ること自体は面白く、気がつくと時計はもう12時を回っています。

 このとき、このままのサイズで楽しむか、川を変えるかを考えました。

 今日の目的は何だったか。

 当然、川を変えることにしました。
 3本目、真ん中の川に下り立ったとき、チャラ瀬(浅くチャラチャラと波立っている流れ)が直線的に続く流れを目にし、「ここもだめか。」という思いがよぎりました。
 しかし、「川は蛇行する」という希望を頼りにぐんぐん上っていきました。

第5話
 遡行していくと、思った通り川は蛇行していました。
 1つ目の蛇行した流れでキャストすると、いきなり一匹目が釣れました。
 そこからは、
「ここはいそうだな。」
と思うポイントでは必ずと言ってよいほど釣れました。
 不思議なことに上流へ行くに連れサイズが上がっていきました。
 気が付くと、25cmに達しています。これまでの経験では、かなり大きいサイズです。それも立て続けに釣れるのです。
「上流へ行けば大きいのがいるよ。」
と言ったあの餌釣り師の言葉通りになってきました。

第6話
 その流れを見たとき、再び「大物がいる。」
と確信しました。これまでに見た流れで最も理想的な流れでした。
 上流からの細い流れ込みを湾曲した流れが受け止め、緩やかで深みのある流れが続いています。
「こういう流れは滅多に出会えない。大物は絶対にいる。釣りをする前に写真に収めておこう。」
と、デジカメのシャッターを切りました。すぐにロッドを振らなかったのは、余裕がでてきた証拠です。
 必ずいるであろう大物には、それまで最も実績のあったイワイイワナ赤の12#を選びました。ポイントはもう、ズバリ流れ込みの切れ目。

 この頃、一つの流れ込みでいちばん初めに来るのは、その流れでいちばん大きい魚であるような気がしていました。
「もう、手前からちょこちょこ狙うのはよそう。いちばんいいポイントで、一発で大物を仕留めよう。」
 後ろの枝に引っ掛けないよう細心の注意をはらい、流れ込みの切れ目へキャストしました。ラインはするすると伸び、リーダーがUの字に降り、続いてゆっくりとフライが目指すポイントへ着水しました。

第7話
 その魚は、口を開けて待っていたかのように静かに咥え去りました。
 あっけないライズに
「しまった。先に小さいのが来てしまった。」
と、ポイント選びのミスを悔やみました。やはり、下流から攻めるべきだったのです。
 今日は徐々にサイズアップしてきて、いよいよ大物に出会えるチャンスが訪れたというのに。
 早くこの小さな魚を釣り上げて、まだ潜んでいるであろう大物と対峙したいと思いました。

 しかし、この魚は大した手応えのないまま潜ったなり暴れまわることはありません。
「忌々しい、早いこと顔を見せろ。」
とばかりにラインを手繰り始めたとたん、ぐいぐいと引き始めました。
「手こずらすんじゃないっ。」と、こちらもロッドを上げようとしますが、ロッドはぐいっと前へしなります。

「もしかして大物か。」
 去年釣った力強いブラウントラウトの引きとは全く違うのに、こんなに長く顔を見せないとなると大物かもしれません。

 そのうち、この魚は魚体を見せるどころか、深く潜ったまま静かにぐいぐいと川を縦横に走り始めました。ロッドの描く弧は狭くなるばかりです。
 もう間違いなく大物です。「よし、無理に引きさえしなければいずれ弱る。」
 そう信じて強い引きに耐えることにしました。

第8話
 やっとのことでその魚は水面から顔を出すと、大して暴れることもなく、意外にあっさりとネットに入りました。
 大きさはかなりありそうです。模様からすると岩魚に違いありません。この釣行で初めて持参したメジャーで測ると30cmもありました。初めての尺物です。
 フライフィッシングを始めて13年目にして起こった、まさかのできごとでした。

 先行していた義父を呼びに走り、初めて釣り上げた尺物を見てもらいました。義父も我がことのように大喜びしてくれました。

 その上流で、今度は義父が28cmの丸々太ったニジマスを釣り上げました。

 こうしてこの日は、時間の許す限りその川でのフライフィッシングを楽しみました。

 あまりに強烈な印象のため、数年間この川のことばかり思い出されました。
 時間が経つにつれ、あれは二度と行くことのできない幻の川、桃源郷だったんじゃないかと思うようになってしまいました。

       「北海道3回目」    完

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