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今、子ども達に伝えたい「川で溺れたときの行動」 なぜ私が水難事故から助かったのか 〜前編〜

 
     『重たき流れ』  前編5話

第1話
 それは、高一の夏休みの出来事でした。

 部活の帰り道、ばったりと中学時代の釣り仲間と出会いました。
 近況報告が済むと、やはり釣りの話題になり、久しぶりに行こうと話がまとまりました。

 メンバーは小森と榎田と私の3人。場所は加古川中流。いつもの場所と決まりました。

 そこは、神戸電鉄粟生駅を下車し、線路を西へ歩くと出会う加古川に架かる鉄橋の下の流れでした。そこへは中学生の頃、気に入って何度も行きました。誰からも咎められることなく好きなことができる場所で、私達は釣りに飽きると、誰云うともなくその川で泳ぎました。釣って泳いでまた釣って。誰も時計を持っておらず、日が傾いてくると帰り支度をするという1日を過ごしていました。

 がんじがらめの中学生にとって、そこにいる間は唯一自由に過ごせたのです。

第2話
 久しぶりに会った3人は、思い思いの釣りを楽しんでいました。
 小森は餌釣りをやめ、中学生の頃から始めたルアーフィッシングにチャレンジしていました。
 その頃、私はオモチャのようなルアーで魚が釣れるとは全く思っていませんでした。
 実際、中学のときに小森がルアーで釣ったのを見たことはありません。
 いや、1度だけ見たことがありました。野池の水草の高く生い茂った岸辺で小森が大声で
「釣れた釣れた。」
と叫ぶのを聞いて仲間と飛んで見に行くと、釣れたのは大きなウシガエルでした。ぐにゃりとしなった竿にだらりと4本の足を広げた大きなウシガエルを見て、ルアーを外す勇気は誰にもなく、仕方なくルアーごと糸を切って逃がしました。
 いや、逃したのではなく、厄介払いをしたのでした。

第3話
 しかし、小森はいつの間に腕をあげたのか、高校生になっていたその日、私達の目の前で大きな鯰を釣ったのです。
 小森は、これくらいの獲物を釣るのは当然だというような顔をして、
「これ、ストリンガーて言うんや。」
と、鎖のようなものを私達に見せ、先についているフックをエラから通しました。
 そうして、鯰を掛けたストリンガーにロープを繋ぎ、水中に放しました。生きたまま持って帰るというのです。

「よしっ。」
とばかりに私も榎田も張り切りましたが、鯰に勝るほどの魚は釣れるはずもなく、日は高く昇り、浮きはピクリとも動かなくなってしまいました。

 そうなると川で泳ぐことになります。

 私はさっきから、ストリンガーに吊るされて水中で泳いでいるであろう鯰のことが気になって仕方がありませんでした。

 ストリンガーから繋いだロープは大岩に巻き付けて縛っていました。
 大岩から垂れ下がったロープの下に、件の鯰は泳いでいるはずです。

第4話
 榎田が丁度その大岩の上に立って釣りをしていました。
 私は榎田の釣りを邪魔しないように岸辺からそおっと大岩を抱くようにして鯰の待つ水中へ潜りました。

 すぐ目の前にロープが現れました。そのままロープをたどって行けば鯰がいるはずです。どんどん潜りましたが思いの外鯰は姿を現しません。

 水中に差し込む光がだんだん暗くなりかけたころ、ストリンガーが見え、さらにフックに掛けられたままだらりとぶらさがった鯰が見えました。死んでしまったのでしょう。

 私は試しに鯰をちょんとつついてみました。

 すると、鯰はぐらんっと大きく魚体をくねらせました。
「生きてた。」
 私は、安心して水面へ向かいました。

第5話
 しかし、よほど深く潜ったのか、なかなか水面へ辿り着けません。
 暗かった目の前がだんだん明るくなり、ようやく水面に顔を出すと、久しぶりに空気を吸うことができました。

 そのとき、榎田の立っている大岩から離れ過ぎていることに気づきました。
 水面に上がるその間に流されたのでしょう。
「なぁに、ひと泳ぎ。」
とばかりに大岩目指してクロールで戻ろうとしました。
 しかし、簡単な距離だと思ったものの、大岩との距離は縮まりません。
「いや、本気を出せば軽い軽い。」
と、力強く水をかきました。

 しかし、実際には少しずつ大岩から離れていました。

 それでもいずれ近づくだろうとさらに力強いストロークで泳ぎ続けました。

 徐々に腕が自分の腕ではないような感覚になってきました。自分の意志とは無関係に、まるで機械のように回っているのです。

        「重たき流れ」後編へ続く

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