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武道場にて

「君達はいったい何してるの?」と見下しと好奇心が混じった笑顔でおっさんに聞かれた時、後輩のミズキが「総合格闘技の寝技の練習です」と人当たりのいい笑顔で答えた。ミズキは明るくて裏表がないことが深く接してなくても解る雰囲気なのでこういった、こちらの態度次第では相手が敵になりかねない場面で対応してくれるととても助かった。

おそらくだがこのおっさんには、県立の武道場で道着とか袴を着て練習している人達に混じって、MMAの試合で履いている様なショートスパッツやら運動用に売られているTシャツと短パンを履いた人達が師範的な人の点呼もなく、おのおのストレッチしたり、談笑したり、脇刺しという練習をしていたりで、異質な集団に思えたのだろう。

もっと言えば、柔道着や剣道着といった正式なユニフォームもなく、「えぇい」「せいやー」と受け身の練習や型の演舞といった、いかにも武道的なことをしていない烏合の衆に嫌悪感というか、軽蔑を覚えたのだろう

とはいえ、このおっさんがそれ以上なにかしてくるということもなく立ち去ったので、僕らは周りの必要以上にスペースをとって正拳突きをすている高齢者集団と武道場の真ん中で棒を振り回して、他の集団にも煙たがられている人達に気を遣いながらも、MMAの練習を始めた

MMAの練習とはいうものの、正確にはMMAの練習ぽいことをしながら軽く運動しようの会みたいなもので、マット運動や相撲ごっこみたいなのがメインだ。

女子プロのミズキ、セミプロの僕を中心にミズキの職場の先輩とその小学生の子供、ミズキの女友達、ミズキの中3の妹で構成されるミズキ集団だった

空気が若干変わったのは、僕とミズキがオープンフィンガーグローブ、ニーパット、レガースといった道具を装着して、本当に軽くスパーリングをし始めたぐらいからだった。大晦日にテレビで放送する、あのMMA(総合格闘技)ぽいことをしているので、周りの若者が注目し始めたのだった。

女子であるミズキにはあらかじめ、少し強めに当てていいよと言っていたので、ハイキックやパンチがガード越しに当たって、音がなる度に、周りの若い女子グループから小さく歓声が聞こえていた。それに対抗しているつもりなのか、女子グループの注目を取り戻そうと男子グループがバク宙やストⅡのリュウやケンの技である竜巻旋風脚みたいなことをし始めた。

そういう張り合うところがやっぱり人間といえど動物であり、オスの習性なんだろうなと、少し微笑ましく思えた

超軽くのスパーリングが終わり、少し休憩していた僕達にさっきのおっさんが話しかけてきた。内容は僕とミズキのパンチとキックが下手で、こうしたほうがいいよというアドバイスであったが、実戦での打撃と演舞での打撃はそもそも違うので、どちらが良い悪いではなく、シンクロナイズドスイミングのアドバイスを競泳の人にしているような違和感を覚えつつも、歳上は立てておけば問題はないという師匠の教えを思いだし、愛想笑いをしながら適当に誉めて、やり過ごしていた。早くどっかいけと頭の中で悪態をつきながら

おじさんも喋り終えて満足したのか、気分上々の顔つきで去っていったので、僕とミズキは超軽いスパーリング、僕ら以外は相撲ごっこを再開した。

そのスパーリングの最中、先ほどのおっさんが、「いいね」とか「今のはダメ」とコーチのようにぶつくさ言い始めた。ミズキの顔が、悪いことを考えている時の顔になったのを僕は認識してしまったので、心がザワザワした矢先、スパーリングの手を止めて「だったらやってみます?」と満面の笑みでミズキがおっさんに言った

初めおっさんはミズキが女の子だし体重も違うからと笑顔で断っていたが「この人だったら男だし、体重も合うんじゃないですか。というか軽いスパーリングなんで体重は気にしないでもいいですよ」とまた満面の笑みでおっさんに言って僕を指差した

僕は勘弁してくれよ、トラブルはゴメンだよ。と思いつつも頭の片隅には明らかに僕より弱いおっさんとスパーリング出来るんじゃないかというどす黒い感情が湧くのを止めなかった。いや、本当に弱いかはやってみないと解らんのだけど。

結局おっさんは、自分達の練習に戻らんとと言って去っていった。ミズキはそのまま、別の若い男女の集団にもスパーリングしませんかと声をかけていった。ミズキの女友達が教えてくれたが、どうやらその若いグループの男性達も僕らのスパーリングを見て、ゴニョゴニョと野次ってたのがミズキには聞こえていたらしく、一緒にトイレに行った際、アイツらボコる。とこれまた満面の笑みで言っていたらしい

あぁこれでこの県立武道場も使いづらくなってしまったな、武道場がというよりもおっさんグループや若い男女グループと気まずくなってしまった。めんどくさい。

そう思っていたのだが、結局は何故か仲良くなってしまって、本当に一緒に練習したりすることになってしまうのはこの時の僕には知るよりもない。ミズキの不思議な魅力の1つだった。

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