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童貞リングと教師の日

 今日は中国の「教師の日」。
 学生が先生に感謝したり花を渡したりする日。
 
 私の弟分であるかつての教え子ジョが「教師の日おめでとう!」と久しぶりに連絡をくれた。

 ジョと言えば思い出すのが童貞リング。

 クリスチャンの彼は教会の先輩からもらったというリングを左手の薬指にしていて童貞の誓いを立てていた。

「つまりそれは童貞リングだな」

 私はそう呼んでいた。

 ジョは大学時代、しょっちゅう私の部屋に入り浸っていた。
 ジョだけじゃなく、いろんな学生が来て、こたつで団らんな日々だった。
 この大学の寮はエアコンもないし、夏には学生がよく涼みに来た。
 大学のシャワーも共同で有料という不便さ。
 シャワー室で裸で並んで順番を待つわけだが、人より肥えてるジョは「恥ずかしい」と言って、しょっちゅう私のところにシャワーを借りに来た。

 もううちにしょっちゅう出入りしている野良豚みたいなもので、寒い時はよくもふっていた。男子寮でも冬は大活躍で、ジョに抱き着いて眠る学生もいた。

 そのジョがある日、大切な童貞リングをなくしたという。

 どうやらシャワーを浴びているときに洗面台に置いてそのまま忘れたらしい。

 あわてたジョは日本語で私に言った。

「先生! ワタシ どーてー、なくしました! 先生の部屋! シャワーあびた! たいへん!」

 うぉおいっ!!!!

 何誤解招くようなこと言ってんだっ!

 しかもジョは童貞リングをなくしたのはこれが初めてではないし、とうとうリングもしなくなり、先輩にもらった大事なリングも「え?なにそれ?おいしいの?」状態。

 ジョの口癖は

「ダイジョーブダイジョーブ! 小さいコト!」

 私は中国でジョほどの陽キャは見たことがないし、お調子者で適当なところとかほんと生き別れの弟かってぐらい私に似ている。

 似ているせいか、日本語がろくにできなくても、私の言うことは勘でわかるし、私もジョの考えはわかる。

 ジョは最初はアリババの社長になるとか言ってたけれど、
 日本に行って西洋料理のシェフになると言ったり、
(じゃ、ヨーロッパに行け)
 日本で給料の高い運転手になると言ったり、
(当時まだ免許もない)
 よくある詐欺にひかっかり借金を負って日本まで出稼ぎに行ったり、
 本当に色々あったけど、卒業後は地元で日本語教師になり、持ち前のコミュ力を発揮して、営業主任でバリバリ稼いでいる。
 コロナ前は日本にも出張にきたりしていた。
 後輩たちを日本語教師として自分の学校にスカウトしたり、日本語力はともかく、学生にも慕われてるし、いい先生になったと思う。

 日本に出稼ぎにきてたとき、私はジョが心配ではるばる会いに行ったっけ。ジョが借りてる部屋が汚くて白菜が見たこともないものになってたな。

 その出稼ぎ先のホテルで厨房のおじさんにいじめられたらしいけど、我慢の限界に達したジョは、

「うるさい、おまえ、黙れ!」

と言って黙らせたらしい。

 もろに私の口調である。
 ジョにいつも言ってた言葉が思わぬところで役に立つ……笑

 今日は教師の日で、ジョも自分の学生たちに「おめでとう!」と言われたんだろう。そして私のことを思い出したかな。

 私が教えた学生は日本語教師になる子が多い。
 しかもジョのように特に成績がよかったわけでもない子がなぜか先生になろうとする。
 でも先生になるのに必要なのって優秀さよりも明るさとか共感性とか、その先生のことを好きだと思える何かじゃないかなと思う。
 先生が嫌いだとその教科そのものが苦手になるっていう自分の体験からだけど。

 少なくとも日本語の落ちこぼれたちがそれでも日本語を嫌いにならずに先生を目指してくれたことはうれしい。

 ジョのモットーは「楽しい授業」。

 しっかり私を受け継いだ。

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桃李满天下

桃李には「教え子とか門下生」の意味がある。
桃李满天下は、教え子たちが各地にいるって意味。

松坂桃李が満天の空の下愛を語るみたいな萌えはないのであしからず。

  

 


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