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【小説】日本の仔:第5話

【清水坂 孝】(那珂核融合研究所)
 明くる日、常温核融合炉(と思しきもの)の検証実験が行われることになった。
 研究所内のプラズマ形成試験を行う試験室に、カメラと遠隔操作できるマニピュレータを設置した。
 融合炉(と思しきもの)の電源プラグには各種電気特性を計測する装置を接続、周りには各種電磁波を測定する装置を並べてある。

「あれ、本当に動くんでしょうか?もし本当なら、オーバーテクノロジーにもほどがあります。ノーベル賞級のネタが少なくとも10 件は入ってますからね」
「実は爆弾が入っていて、この施設を破壊しようというテロかもしれませんよ」
 モニターを見やる研究員たちはやはり本物の常温核融合炉だとは思えないらしい。
「X線スキャンと各種爆発物検査は済んでいる。少なくとも爆発するようなものではなさそうだ。百聞は一見に如かずだ。スイッチを入れてみよう」

 マニピュレータを操作してスイッチを押すと、装置の中からブーンという低いうなり音が聞こえ始めた。
「一応、何か動き始めたみたいですね」
「電源プラグからの出力は?」
「周波数50Hzの交流電流、電圧は103Vです。出力は5.54kW。確かに一般家庭の電源として使える容量ですね」
「本物か...」
「これで我々の研究は百年単位の時代遅れになりますね」
「放射線等はどうなってる?」
「赤外線と、これは、微量のガンマ線ですね。人体に影響が出るレベルではありません」
「間違いないようだな」
 ガンマ線は原子核反応でしか発生しないため、核分裂か核融合がこの箱の中で起きている証拠となるのだ。

「詳細については、KEK(高エネルギー加速器研究機構)のBelleⅡ検出器を使わせてもらって解析しよう」
「KEKは実験のスケジュールが一杯で、空きは1年以上先になりますよ」
「どんな実験よりもこいつの詳細な解析が優先だ!KEKだって人類のために実験してるんだろう?!」
 思わず取り乱してしまった。

 一体このテクノロジーをどうすればいいのだ。
 これが全世界に広がれば、地球全体のエネルギー問題は即座に解決するだろう。
 しかし、逆に使用を日本国内に制限すれば、世界のパワーバランスを傾けてしまうだろう。それほど大きな力を持っているテクノロジーだ。
 既に昨日の記者会見で常温核融合の話は世に出てしまった。ただ、我々と同じように世界は半信半疑だろう。
 徳永はなぜこの技術を我々に預けたのだ?

「それで、徳永について何か分かったのか?」
「今朝の日本経産新聞に取り上げられていましたが、子どもの頃から天才児だったようです。ただ長いこと引きこもっていて、現在は東京都内の都立高校に通う普通の高校生のようです。目ぼしい実績をあげたといった事実もネット上にはありません。ただ、父親は原子核物理学の教授だそうです」
「ではその父親と常温核融合炉を作ったって言うのか...なるべく早くアプローチしよう。それから、SPを付けるように科学技術庁に話を付けてくれ」
「分かりました」

 私が他国のトップだったら、少しぐらい日本との関係が悪くなることを厭わず彼を誘拐することを考えるだろう。自国に常温核融合炉が欲しいのはもちろんだが、日本だけにこのテクノロジーがあることを看過できる訳がない。まあ、各国がまともに信じればの話だが。

「それと、徳永がどうやって記者会見会場に入ったか分かったのか?」
「いえ。警備員は誰も見た覚えがないと言っていますし、監視カメラにも写っていません」
「そんなはずないだろう!ちゃんと確認したのか?」
「監視カメラ映像の動体認識による侵入者の確認では全員が入場登録者であることが分かりました。ただ、脇永教授の後ろに黒い点が写っていることが認識されています」
「黒い点?」
「はい。この映像です」

 監視カメラの映像を見ると、自動改札に似たゲートを東都大学の脇永教授が通る際に、教授の頭のすぐ後ろのちょっと高いところを黒い点が付いて行っている。この点が動体認識で認識されていたのだ。
「拡大してみてもよく分かりませんが、直径5mm程度の丸い物のようです」
「ノイズにしてはハッキリ写っているな。ハエが付いて行っているようにも見える。常温核融合炉を作るような奴だ。何か関係があるかもしれないな」
 さすがにハエに化ける能力があるとは思えないが、怪しいものはすべて奴に関係があると考えた方がよさそうな気がする。

 その後、12時間連続で試験を続けたが、徳永の核融合炉は終始安定した電力を供給し続けた。
 構造を確認するために分解することも検討されたが、本人に確認してからすることになった。
 というよりも、何が出てくるか怖くて開けられないというのが本音だ。

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