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【小説】日本の仔:第19話

【清水坂 孝】(量子科学技術研究開発機構)
 その後、種子島への中国軍の核兵器を含む攻撃について、日本国政府は国連内に特別調停委員会を設立して解決するよう要請したが、中国を含む全ての常任理事国が調停委員会の設立を認めなかった。
 第二次世界大戦後初の他国への核攻撃という地球全体に関わる問題が発生したにも関わらず、核爆発が起きた事実はなく、中国も核兵器による攻撃を否定した。
 残念ながら、種子島宇宙センター上空で通常炸薬により爆発した弾頭が核兵器だったという証拠はどこにもなかった。
 このため、直接中国と日本で協議を行うことになった。

 既に戦闘は終結しているが、停戦協定を結ぶに当たって、戦勝国という概念がなく、中国のステルス無人機の領空侵犯、戦闘機撃墜と潜水艦からの通常弾頭による攻撃を受けた日本が戦争賠償請求を行おうとしたが、中国は過去の日中戦争で賠償金を受け取れなかったことを理由に賠償金の支払いを拒否した。
 協議は決裂したかに見えたが、幸い戦死者は一人も出なかったため日本は特に賠償を求めずに停戦を受け入れることにした。
 中国に貸しを作ったと考えることにした訳だ。

 こうして、とりあえず宇宙エレベータ建設への妨害はなくなり、宇宙エレベータの1階部分となる宇宙港の建造も無事に進められるようになった。
 日本各地で製造された宇宙港の部品は長崎の佐世保に持ち寄られ、そこで組み合わされて行った。
 建造物とは言え、宇宙に繋がる施設であり、国際空港のように多種多様な設備や検疫所なども設けられ、大きさは1km四方にも及ぶ巨大なものになった。

 宇宙港ができたら、宇宙から運んできた宇宙エレベータ軌道を接続し、今度は軌道に宇宙煙突としての機能の設置とエレベータの各階に当たる宇宙ステーションの建造を行う。
 宇宙ステーションは主に人工衛星をリリースする基地として利用され、低軌道(LEO)として高度50km及び国際宇宙ステーション(ISS)と同じ高度400km、中軌道(MEO)として高度2,000km、そして静止軌道である高度36,000km、最後に軌道端である10万kmに建設される。
 軌道端ステーションは月や太陽、惑星探査機の発射施設、また例の核燃料廃棄物の射出施設として使用されることになっている。
 高度50kmは厳密には宇宙と言える高度ではないが、このステーションは重要な役割を担うことになっていた。
 徳永の提案で、可動式の太陽光反射膜を設置して、太陽の熱を地球に届かせない機能を追加することになったのだ。
 これは4km四方のアルミ蒸着したシートを必要に応じて展開して太陽光を反射し、太陽光を地上まで届かせない地域を作ることによって地球温暖化を少しでも抑えるしくみだそうだ。
 果たしてどれ程の効果があるのだろうか。

 宇宙エレベータの籠はこれらのステーション間を行き来できるように複数設置され、軌道も最終的には宇宙へ向かうものと地球に戻るものがそれぞれ2本ずつ設置されることになっている。
 これにより、行きと帰りが別々に運行できるようになり、高速で移動するものと、ある程度低速で移動するものが分かれて運行できるようになる。

 という宇宙煙突建設班の構想通り、日本の技術と核融合炉の電力を活かして1年後には無事に建造が完了し、各種人工衛星の軌道投入や核燃料廃棄物の宇宙投棄が開始された。
 また、宇宙煙突としての機能もほぼ設計通りに稼働し、地球の熱を宇宙空間に排熱し始めた。
 宇宙港周辺の海域の水温は平均で5℃ほど下がり、日本で発生する熱をある程度中和することができることになった。
 ただ、日本から出る熱量は当初の予想を超えてしまっており、宇宙煙突だけでは排熱が足りない状況になっていた。

 そして、宇宙エレベータ軌道の打ち上げが行われた頃から、日本国内では、政府が貿易黒字で得た資産を基に「日本の子」政策をスタートさせていた。
「日本の子」政策とは、少子高齢化に歯止めを掛けるため、子育てに対して手厚い補助を行おうというものだが、そもそも補助を受けられれば子どもを産みたいと思えるのは幸せな結婚をした夫婦の話であり、現在の50%ほどの既婚率、35%ほどの離婚率という状況では、補助を充実させるだけではどうにもならないことは分かっていた。
 他国から搾取され続け、借金の総額が1,000兆円を超え、自分ひとりだけでも生き続けるのが難しくなってしまった少し前の日本の状況は、この国で生き遂げよう、子どもを産み育てようという気概を国民から奪い取っていた。

 そこで、この「日本の子」政策は一歩踏み込んだ施策を展開することとなる。
 それはシングルマザーの支援だった。ただし、単なるシングルマザーではなく、子どもは産みたいが特定の男性と結婚をする気のない女性に体外受精によって妊娠させ、子どもが生まれたのち手厚い支援をするというものだった。それも厳選された能力の高い日本人男性の精子を使って。

 基本的には就業しなくても十分生活できる資金の給付と、0歳児からの教育支援、それもDNA検査で生まれた子どもが優秀になると予想された分野を中心とした積極的な支援を想定していた。
 即ち、優秀なDNA同士を掛け合わせて遺伝子レベルで優秀な子どもを産ませ、育てるというのだ。
 そのために、政府は極秘裏に数百名の精子提供者を集めた。
 国内でもトップクラスの頭脳の持ち主、起業家、プロスポーツ選手、格闘家、芸術家など、優秀な遺伝子を持つとされる人物から精子の提供を求めたのだ。
 これらの精子を体外受精させて、シングルマザーとして育てる覚悟を決めた女性とその子どもを強力に支援し、優秀な日本人を増やす。これが「日本の子」政策の真の姿だった。

 そして一般には知らされない秘密があった。
 体外受精した受精卵は、そのまま母親の子宮に戻されるのではなく、クリスパー2.0(CRISPR-cas9)という技術によって遺伝子操作が行われるのである。
 クリスパー2.0は従来の品種改良レベルの遺伝子操作ではなく、更に細かい単位での遺伝子組み換えが可能であり、受精卵から現在までに分かっている全ての遺伝病を排除し、遺伝的に優位になることが分かっている遺伝子で互いにバッティングしない組み合わせで遺伝子操作を加えてから母親の子宮に戻された。
 これは、現在の法律では認められていない、言わば強化人間(デザイナーズベイビー)を作ってしまうという技術に他ならない。
 日本は単一民族国家であることに誇りを持っており、移民を受け入れる気などは更々なく、何とか純血の日本人を増やそうとあがく政府の苦肉の策とも言えた。

 この「日本の子」政策の精子提供者として清水坂と徳永も選出された。
 このことについては、徳永はずっと抵抗していた。
「俺っち、こどもを作るつもりも結婚するつもりもないんだよね。だって、地球をキレイにするのに結婚も子どもも必要ないじゃない?」
 やっぱりこいつ、変なやつだな。
「確かに今やろうとしていることに対して時間がムダになるという意味は分かるが、相手の女性が勝手に育ててくれるって言うんなら別に気にする必要はないんじゃないのか?」
「たかちゃんは単純だね。いつか自分の子どもが俺っちの前に現れて、『こんにちは、僕あなたの子どもなんです』なんて言われたら困るじゃない?」
「お前がそんなことを気にするとは思わなかったよ。なんで困るのか教えて欲しいね」
「だってその時、多分その子は俺っちの敵として相見えることになるだろうからさ」
「敵?一体どういうことだ?」
「ま、逆に保険になるかもしれんけど」
「何を言ってるのか全く分からないぞ」
「いずれ分かることになるよ」

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