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【小説】日本の仔:第13話

【楠 征四郎】(航空自衛隊南西航空方面隊F-2A編隊長)
「初の実戦が対無人機とは...」

 那覇基地からスクランブル発進したF-2の編隊10機は北西から来る中国のステルス無人機を迎撃するため、高度を合わせて一直線に会敵予定空域へ向かっていた。

 F-2は航空自衛隊に配備されている一世代前の日本製の戦闘機である。
 設計はアメリカのゼネラル・ダイナミクス社のF-16を基にしているためよく似ているが、垂直尾翼以外はすべて日本企業が再設計した。
 元々F-1の退役に合わせて配備される予定であったが、アメリカとのやり取りが遅れに遅れて、実際の配備は予定から13年遅れ、その間旧式のF-4EJ改を引っ張り出し、F-15を追加調達して対応した。
 ステルス性能はほぼないものの、小型で旋回能力が高く、格闘戦では現在でも一線級の性能を有する機体である。

 兵装については、航空機の迎撃任務のため、90式空対空誘導弾AAM-3(短距離ミサイル)を4発、99式空対空誘導弾AAM-4B(中距離ミサイル)を4発搭載し、その他に固定武装として、JM61A1 20mmバルカン砲を装備している。
 問題はこれらの兵器がステルス無人機に対して有効かどうかだ。
 別動隊虎の子のF-35は最終迎撃のために種子島に向かっている。

「そろそろ99式の射程に入る。各機、迎撃対象を確認し、各個に迎撃!」
「了。しかし、いまだ自機レーダーに感ありません!」
 ウイングマンから返答が入る。
 敵のステルス機は、AWACSからのリンクでディスプレイ上にフリップが表示されているが、自機のレーダーでは捉えられていない。
 流石、最新のステルス無人機ということか。

「射程距離に入ったらLOAL(発射後ロックオン)にて撃墜を狙う!」
「了!」
 ミサイルのシーカーではロックオンできていないが、AWACSの情報を基に敵機に向かい、ミサイルのアクティブレーダーで敵機を捉えたらロックオンし追尾する、それがLOALだが果たしてどの時点でロックオンできるのか...

「あと10秒ほどで射程距離に入る!」
 5、4、3、2、1、発射!
 99式ミサイル10機編隊から各2発、計20発が無人機めがけて発射された。
 白い排気煙が幾筋も見えない敵機に向かって伸びていく。
 ディスプレイ上のミサイルも敵機を示すフリップに向かって真っ直ぐに進んでいた。
 しかし、ミサイルはそのまま敵機を通りすぎてしまった。
 それも全弾!

 ちっ、一発も捉えられなかったか。
「各機、接近する敵機を各個に撃墜!」
 未だに自機のレーダーで捉えられていない不安の中、兵装を90式に切り替える。
 90式の赤外線シーカーの唸る音が聞こえ始める。
 そろそろ視認できてもいい距離だが、空には何も、排気煙すらもまったく見えない。

 ビー!!
 ロックオン警報?!後ろ?!
 反射的にフレアを撒きながら右へ90度バンクして操縦桿を引く。
 ドッグファイトのためME(縦CCV運動性強化)モードに設定された操縦モードでは、機体の限度近くまでGが掛かる旋回ができるため、瞬間的には10Gに及ぶ下向きの力が身体に掛かる。
 加圧服を装着しているとは言え、視界が暗くなる。

 ドン!!
 機外からの衝撃が伝わってくる。
「隊長!深川機被弾!操縦不能、ベイルアウトします!」
 ウイングマンが被弾、撃墜された。操縦者は無事脱出できたようだが。
 くそ、敵機がまったく視認できない!

 ドン!
「進藤機被弾!脱出します!」
 また僚機が撃墜された。
 至近距離からミサイルを打ち込まれているらしい。
 どうする!視認できなければ墜とせないぞ。
 とその時視界の右端が歪んだ気がした。
 そこか!
 反射的に操縦桿を目一杯引いてインメルマンターンに入る。

 真上を見ると、海の一点が歪んで見える。
 アクティブ光学迷彩か。
 通常の軍用航空機は空の色に近い塗装をすることで、空に溶け込んで見えにくくするが、アクティブ光学迷彩は背景の色に合わせて機体の色を何らかの方法で変化させることで、更に見えにくくする。
 中国が既に実戦配備しているとはな。
 おまけに赤外線でもほとんど関知できないぞ。

 くそ、新型の04式ミサイルがF-2でも使えたら!
 これは、機銃で墜とすしかないか。
 おまけにロックオンできないとなると、予測照準も使えない。
 と考える内に機銃の照準に敵機を合わせる機動を反射的に行っていた。

 エキゾチックマニューバ!!
 敵機を真正面に捉えながら距離を詰める。
 機銃で墜とす技術では空自一を自認しているが、コンピュータによる予測照準が使えない場合、銃弾が動く敵機の位置に到達することを見越した射撃が必要となり、相手の動き、自機の動き、銃弾の射線をすべて加味しなければならない。

 じわじわと敵機に近付いて来たものの、ぼやっとしか見ることがてきない。
 なんて奴だ...
 機銃の安全装置を外し、トリガーに人差し指を掛ける。
 目測で射程に入ったと感じた瞬間、機首を上げてトリガーを引いた。
 ブゥー!
 コックピットの左後方から閃光と機銃の発射音が響く。

 その瞬間、敵機とおぼしきモヤモヤは空中に停止したかのようにこちらに向かって来て、自機の左側を掠めて後ろに回り込まれた。
 なんて機動だ!
 人間が乗っていない無人機は本当に機体の限界までGを掛けることができる。とても有人機にはついていけない...
 くそっ!
 操縦桿を左斜め前に倒し敵機との距離を取ろうとした瞬間。

 ドン!ピシッ!ゴア!
 被弾したか!
 目の前のディスプレイに赤い点滅が一斉に表示され、機体はキリモミ状態に入り、回転しながら高度が落ちていく。
 イジェクト!イジェクト!
 ヘルメットから電子音声が脱出を促す。
 南無三!

 イジェクトレバーを引くと、ボンっという音と一緒にキャノピーが吹っ飛び、ほんの一瞬置いて操縦席ごと空中に射出された。
 上と下も分からないまま落下して行ったが、バッという音と一緒にパラシュートが開き、強く身体が上に引っ張られた。
 周りを見回すと、幾筋もの黒煙が海に向かって落ちていた。
 全滅か。

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