【パン祭り血祭りキリングフィールド】
両手にマシンガンを持って笑う母さん。
蜂の巣になった親父。
情けないことにチビッた俺。
リビングの床は血まみれ、壁は穴が空き放題、窓のガラスは木っ端微塵。
テーブルの上には大量のパン。
思わず叫んだ。
「マジかよこれ!!?」
◆◆◆
『パンに付いているシールを集めると――
なんと!
マシンガンをもれなくプレゼント!
ハマザキ!秋のパン祭り!』
―――2025年9月1日(日)のテレビコマーシャルより
◆◆◆
「リョウジ、ただいまー!」
リビングに入ってきた母さんの両手にはエコバッグ。
中は食パン、菓子パン、惣菜パン……、ハマザキのパンでいっぱいだった。
あっけにとられる俺。
今朝テレビで流れていたCMを思い出す。
『マシンガンをもれなくプレゼント!』
松かた子が笑顔でマシンガンを抱えるコマーシャル。
いやな汗が滲む。
あの悪趣味なCMを本気にしてんのか?
「母さん、それ、そのパン…まさか…」
うろたえる俺を無視し、母さんはリビングのテーブルの上に、エコバッグの中身をぶちまけた。
大量のパンがダイニングテーブルを埋め尽くす。
母さんは張り詰めた、まるで鬼のような形相で、シールをパンの袋から剥がし、パンまつりの交換用の台紙に貼り付けていく。
作業を終えた母さんは交換用台紙を手に、
「ファミマいってくる!」
ダッシュで走り去る。
10分後、戻ってきた母さんの両手には、ギラリと光る2丁のマシンガン。
「うそだろ」
言葉が口から勝手に出てきた。
タイミング悪く親父がリビングに入ってくる。
テーブルの上の大量のパンを見て、
「ムダ遣いすんなよなあ、おい! 稼いでんの誰だと思ってんだ?」
瞬間、母さんは、ギャングスタイルで――両腕を前方に、銃身を横向きに倒して構え――両手のマシンガンをぶっ放す。
俺はとっさに頭を抱えて床に伏せた。
親父は次々と銃弾を撃ち込まれ、その衝撃で体を踊らせながら、フローリングに倒れ込む。
窓ガラスの破片と薬莢が床に降り注ぐ。
母さんは笑いながら銃を下ろした。
俺はチビッた。
「マジかよこれ!!?」
思わず叫ぶ。
現実味がない。
今朝のCMは本当だった。
うそだろ?
センスの無い広報が考えたジョークじゃなかったのかよ。
静寂に再び銃声が響く。
マシンガンが奏でるリズミカルな音。
うちの外、近所からだ。
俺は正気を取り戻した。
彼女のことが頭に浮かぶ。
リノは?リノは無事だろうか?
あわててLINEをかけてみるが、応答無し。
幼稚園時代からの幼馴染。
先週、勇気を振り絞って告白した。
高2にして初めてできた彼女、リノ。
来週、近所のイオンで初デートの予定。
待ち遠しくカレンダーを眺めていた矢先。
このイカれた状況!!――――
「母さん! その銃貸して!」
「いいけど……、あんまし弾残ってないよ?」
2丁のマシンガンをよこしながら、母さんが言う。
「リョウジ、誰殺すの?」
「ヒト殺したいわけじゃねえよ!? リノの無事を確かめに行く! 」
「ああ、リノちゃん。付き合い始めたんだっけ?」
「そう!」
「死なないようにね〜」
玄関に小走りで向かう俺の背中に、母さんののんびりした声。
ヒトを撃ち殺したばかりとは思えない。
モラハラ親父が死んだことで、母さんが家で感じていた緊張は解けたのだろう。
一方、俺の方は、心臓が早鐘のように鳴る。
全速力でリノの住む団地へ走る。
道端に転がる死体が嫌でも目に入る。
何だこの状況、リノは無事か!?
こんなもんパン祭りじゃねえ、血祭りじゃねえか!
ハマザキ製パンは何考えてんだ!?
リノの住む団地は戦場と化していた。
そこら中に死体が転がり、単車やクルマが燃えている。
銃声が団地の鉄筋コンクリートにこだまする。
大量のパンがあちこちに打ち棄てられている。
団地の敷地の外、車道から様子を伺っていると、
「リョウジ?なにやってんだ?」
後ろから声をかけられた。
驚いて振り返ると、クラスメイト、親友のタカモト。
同じサッカー部のチームメイトでもある。
来年のインターハイを目指そうと誓い合った仲だ。
「よう、タカモト、生きてたか。俺はリノが無事か確かめに――」
ここまで喋ったところで俺は気づいた。
タカモトの右手にマシンガンが握られていることに。
「リノの家に行くところか? ちょうどいいや。いまからお前の家行こうと思ってたんだよ」
タカモトがマシンガンを持った右手をフラフラと揺らしながら言う。
「リョウジ、お前、オレがリノのこと好きなの知ってたよなあ?」
「え、いや、知らねえ――」
返事を言い終えないうちに、俺は地面に倒れていた。
右脚に痛みが走る。
何が起こったのか、一瞬遅れて理解した。
撃たれたのだ。
嘘だろ、俺を撃ちやがった。
チームメイトの、親友の脚を。
反撃しようとしたが、マシンガンを手から落としていた。
拾わなければと地面を探る。
だが、先にタカモトに銃を蹴り飛ばされる。
「痛えか? 痛えだろ? お?」
タカモトが銃を向けながら俺を見下ろしていた。
「お前が悪いんだ、リョウジ。オレがリノのこと好きなの知ってて告ったろ。なあ、死ねよ。撃つぞ。怖えか、おい。」
初めてヒトを撃って脳汁出まくりという感じの表情。
タカモトは喋り続ける。
「パン買ってこんなもんが手に入るとはなあ。神様がお前のこと殺せって言ってんだぜ、これは」
イカれてる。
昨日まで親友だった男の目は狂気に満ちていた。
脚を撃ったタカモトのマシンガンが、今度は俺の眉間を狙う。
「お前をぶっ殺して、その後リノを慰める。そうすりゃ俺が――」
このままだと殺される。
クラスメイトで、部活仲間で、親友のタカモト。
親友に殺される。
やるしかないのか、やられる前に。
「クソぉ!!!」
俺は倒れたまま、タカモトのヒザを思い切り押した。
「おっと……?」
フラつき、タカモトの体は、車道の真ん中に出た。
そして次の瞬間、SUVに撥ね飛ばされ、宙を舞う。
地面にぶつかったタカモトは血まみれで虫の息だった。
「痛え……痛え……」
ささやくようなうめき声が聞こえてくる。
俺は撃たれた右脚をかばいながら立ち上がる。
骨は折れていないようだ。
「大丈夫か……?」とタカモトに声をかける。
「お前がやったんだろうが……」と弱々しい声が返ってくる。
「ごもっとも……。でも先に撃ったのは……タカモトだろ……」
俺は脚の痛みをこらえながら言った。
返事は無かった。
タカモトは事切れていた。
俺はマシンガンを拾い、天を仰いだ。
俺は親友を殺した。
俺は親友を殺した。
家では親父が死んでいる。
団地は死体だらけ。
ここへ来る途中にも一人死んでいた。
何もかも狂っている。
タカモトは優しいクラスメイトだった。
サッカー部の頼れるチームメイトだった。
親友だった。
それが今はどうだ。
マシンガンを持った途端にこうなるのか。
銃がヒトを変えるのか?
それとも銃がヒトの本性を暴くのか?
団地内の銃声は止んでいた。
リノは無事だろうか?
脚の痛みなど気にしてはいられない。
先に進まなければ。
タカモトの死体に背を向ける。
親友を殺した罪悪感を振り払い、前進する。
団地の敷地に入り、壁づたいに、脚を引きずりながら移動する。
階段を登り、2階、204号室、リノの部屋。
ドアに挟まるようにして血まみれの男が倒れ……死んでいた。
「リノ! 無事か!?」
俺は思わず声を張り上げた。
ドアを開ける。
リノは玄関に座ってパンを食べていた。
パジャマ姿に返り血が少しついている。
リノの右には大量のパン、左にはマシンガンが置かれていた。
「無事、リノ大丈夫……あああ……」
安心したと同時に脚の力が抜ける。
俺は玄関先にヒザをついた。
「誰? この死体」
ドアに挟まった男の死体を指差す俺に、リノは、
「父親」
と、こともなげに答え、小さな口でジャムパンをかじる。
「なんで――」
理由を聞こうかと思ったが、やめた。
正直どうでも良かった。
リノが無事だったならそれでいい。
当人が話したくなったらその時聞けばいい。
「リョウジくんも食べる?」
リノがあんぱんを差し出してくる。
「…いただきます。」
「あはは、なんで敬語w」
リノは笑った。
俺もつられて吹き出した。
笑い声が死体だらけの団地に反響する。
幼馴染は親殺し、俺は親友殺し。
殺人カップルの笑い声。
パン祭り。
世界は『ハマザキ秋のパン祭り』で狂ったのだ。