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火事場で気づいたこと

先日、私が住むマンションの1階にある店舗が燃えた。4階に住む私は、ベランダから逃げるという人生初めての体験をした。

あれは夜8時を過ぎた頃。先に気づいたのは夫だった。
窓際にいた夫は、普段と違うきな臭さに、外を見に行った。ドアを開けると煙が充満している。慌ててドアを閉めて呼びに来た。
「ライチ、これ、うちだ」

私は使っていたノートPCを閉じ、財布と携帯とともにショルダーバッグに詰めた。これさえあれば、明日の仕事はなんとかなる。

私たちはマスクをして玄関のドアを再び開けたが、すぐに閉じた。煙で視界がきかないどころか、強烈な刺激が目と鼻から入り込んできた。こんなもの吸い込んだら4階分の階段を降りる前に気を失う。
ドアを閉め部屋を横切って、ベランダから消防士さんたちに大きく手を振るとすぐに気づいてもらえた。

消「何人いますか?歩けない人はいますか?」
私「2人です。歩けます!」
消「階段は?」
私「煙がひどくて降りられません」
消「じゃあ、ベランダの避難用はしごで、まず1つ下に降りてください」

見慣れたコレを実際に使う日が来るとは。ベランダ床にある避難はしごの金属ふたを開けたが、動転して説明文が頭に入ってこない。夫にバトンタッチして、3階へはしごを垂らしてもらった。
夫は「ライちゃん先?俺が先がいい?」と選ばせてくれて、私が先に降りた。

3階には消防士さんがスタンバっていて、私の胴に頑丈な金属の命綱をつけてくれた。私は地上約9メートル強の高さを、はしごで降り始めた。地上からは消防士さんたちが口々に声をかけてくれる。

「落ち着いて!」
「すごく上手です!」
「あと5段!ゆっくりで!」

何かに似てる…助産師さんがお産の時にしてくれた声かけだ。
「はい、いきんで!」
「すごく上手ですよ~」
「頭が見えてる!あと少しあと少し!」

緊急時に、人を落ち着かせ、行動を励ます職業の人は、声かけも訓練するのかな。消防士、救急救命士、助産師、看護師、医師、自衛官…
無事地面に足をつけた私は、社会には「命を守る仕事の人たち」がたくさんいるということに、大きな感謝と安心を感じた。火は無事消し止められた。

聞き取りや検査などを終えて、部屋に戻るとき夫が
「俺、なぜか印鑑持って逃げてた」
と、黒い印鑑ケースを見せた。笑った。一緒に生き延びてよかった。
夫も動転してたのか。それでも、私を気遣って優先してくれたんだ。感謝と安心があらためて満ちている。

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