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スキンシップ

夫I氏は、味方と認定した人との距離が近い。
家によく遊びにきていた友人S氏談。初めて仲間宅の飲み会でI氏と出会った時に、たまたまじゃんけんか何かでS氏とI氏で酒を買う役になったそうだ。屋外に出たとたん、I氏が手をつないできて(!)、S氏の頭の中にはすごい速さで考えが駆け巡ったそうだ。「えっと、これってつきあいたいみたいな好意の表現?それとも、単に友情?ていうか、手とか普通つながないよな?男同士で…でも、ほどきそびれてるオレ…」I氏は終始ご機嫌で二人で買い物をして、仲間宅へ戻って、またみんなで飲み続けたそうだ。

I氏は覚えていないそうだけど(たぶんその時すでにかなり酔っぱらっていた)、「楽しかったんだろうねえ」とその日の自分をいとおしむように目を細めた。

私は、スキンシップが苦手で、人とは一定の距離があったほうが落ち着ける。身体に触れられるとどちらかというと振り払いたいタイプで、無邪気に触られると尊重されてない感さえ湧いてくる。

なので結婚してから、来客中であってもハグハグチューチューしたがる夫I氏に最初は戸惑った。
けれど、あるとき、彼の母親との別れのエピソードを聞いて、困惑はなくなった。彼の母は彼が成人してから亡くなっている。通夜の日、酔った親戚が彼に言った。「オイ、オマエ、母親が死んだってのに泣いてないなんて冷たいな!オマエのお袋だぞ、最後に抱き締めてやれ!」
I氏は、言われるがまま、母親の亡骸を抱き締めてみた。冷たく、固く、力のない母を抱いて、わかったのだそうだ。

「愛している人は、生きているうちに抱き締めないと、意味がない」

その話を聞いてから、私は夫I氏のハグハグ攻撃に、やや寛容になった。確かに、今ハグしなかったことで、そのあと急な天変地異や病気や事故で帰らぬ人となった時に悔やまれるのかもしれない。
鼻をこすりつけて挨拶する部族みたいに、嬉しくて飛びかかっちゃう大型犬みたいに、I氏の性質のひとつに受け止めきれないくらいの強力なスキンシップ衝動があるのだ、ということを、私は受け入れることにした。
(とはいえ、涎や口臭を避けることは私のためにする)


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