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おさんぽ俳句「冬たのし」

役に立つ大人には、なりたくない。
そう願っていた子どもは、それなりに
役に立たない大人になりました。
 
世間から必要だと呼ばれないのを幸いに
時間はそこそこある暮らしのようです。
でもぜいたくなもので、もっとひまがあればいいのになんて
願ってもいます。
 
今年も終わりに差しかかりましたが
彼の一年というものは、まいとし霞のように輪郭がなく
雲のように手ざわりがありません。
それでも、今の暮らしにいたるまでの
小さな小さなコップの中での、それなりの嵐を思い返すと
このままでいいか、と言うのです。
 
役に立つ人たちが年賀状をどっさり書いている昼間、
彼はのんきに小川沿いをさんぽをしています。
よく晴れた冬の日です、
真夏の日ざしとは違ったまぶしさで、辺りは輝いていました。
葉をすっかり落とした枝々が、日を弾き返しています。
地面につもった枯葉もまた、鎧のように光っています。
町の果てと、空の果てのつながる辺りも
なんだか眩しすぎるのです。
この道をゆく時、彼はいつもウキウキしますが
今日はひとしおでした。
 
 
    万物のかがやき渡る枯葉かな
 
 
    冬たのし木橋あゆめば樹々の音
 
 
小川にかかった短い橋を渡ります。
5歩でついてしまう向こう岸には、くぬぎの樹。
その根元には、こんもりつもったくぬぎの枯葉。
くぬぎの葉は、ずいぶんと縦長で厚みがあります。
砂漠にすむ人達が腰にさす頑丈な小刀のようです。
 
いいことを思いつきました。
葉の一枚を拾い、橋の中ほどまで戻ります。
川の水は、右手から左へと流れています。
橋の右側から、枯葉をおとしました。
枯葉は橋の下をくぐり、左側へと抜け出ます。
蛇行する川水にのって、そのまま下流へと……。
菖蒲の葉むらが残る辺りで見えなくなりました。
大きな河へ注ごうと速まる波に、のまれたのでしょうか。
 
それでも彼は、もう一枚拾い、また橋の右から落とします。
橋の下を右から左へと枯葉がぬける、
たったそれだけのことが楽しいなんて
なんともひまな人です。
 
もし枯葉の舟が波に沈まず、大きな河へと出ていけたら?
幸運の知らせだとか。
物事が上手くいくサインだとか。
ものわかりの良い大人が自分の為に言いそうな
そんなきれいな言葉なんて、
彼の頭には、ないのでした。
 
 
   遠ざかるものみな冬日よく当たり    梨鱗



 

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