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おさんぽ俳句「薔薇ほどに」

梅雨の雨が、なん日もとぎれない日でした。
まだ明るい時間のうちに帰宅です。
例の流行病で、僕の勤め先も時間を短縮していました。

感染症にかかった人や、医療従事者の方には申し訳ないのですが
子供の頃、新学期の一日目などで学校が早く終ると
得した気分になりました。
早く帰っても何もせずボーッとしているのが、僕の贅沢です。
そんな、薄いよろこびが戻ってきます。

小川沿いの道を歩きます。
ジャージ姿で下校中の少年が、立ち止まっていました。
ビニール傘から大粒の雨が落ちるのもかまわずに
何かを一心に見つめています。
なんとも大きなミミズです。
長さは、大人の腕の肘から手首くらい。
川沿いの草地一帯の王様です。
雨水を飲みに来たのか、迷い出たのか、
コンクリートの道を、なんの危機感もなしに進んでいます。
まさか少年は、いきなり踏んだりしないですよね?
僕もミミズを見守りたくなりました。

雨水を孕んだミミズの肌は艶めいて、不思議な色合いです。
それがゆるやかに、膨らんだり、しぼんだりを繰り返します。
少年の目は、静かに、でも釘付けです。
人間のヒミツを垣間見するように、黙って見ています。
気が済んだのか、しばらくすると立ち去りました。

暇な僕は小枝をひろい、
道のまん中へと来ようとするミミズの頭を突きます。
うまく突いて、草地へと返してやるのです。
ミミズは、だれにも踏まれずに済みました。
日の長い六月は、それでもまだ明るい雨です。

もうじき、こんな有り余る時間もなくなるのでしょう。
それはそれで、きっと善いことなのでしょうが。
役に立つ大人になんか、なりたくない。
そんなふうに思っていた子供時代を思い出しました。
ミミズの交通整理のしごとがあったら、いいですね。


   薔薇ほどに濡れ華やぐや大蚯蚓おおみみず    梨鱗




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