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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―52―


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     第 四 章
    王の帰還(12) @ 東京 某所 おお禍ごと
  
 大禍時おおまがどきの大和平野の一隅に、かん高い警報と戦闘員総配置のアナウンスが鳴り響いた、しばらく後の時刻と別の場所に転移します。

「テレビご覧になりましたか? ……すぐにつけて下さい! ……どのチャンネルでもかまいません。速報をやってますから。すぐそちらへうかがいます」と天野から、お爺さんの部屋に慌ただしい内線電話がかかってきました。
 天野の慌て方からただならぬことが勃発しているのことは間違いないものの、その禍事が天災以外に思いつかないお爺さんは、ドアのロックを解錠してから、ホテルの小さなテレビをつけました。

 見慣れた、しかしどこか普通でない光景が映し出されました。
 大和平野を囲む山並みと疎らに拡がる団地や水田を背景として、自分の邸宅がある丘陵が映し出されていました。薄闇のなか超望遠レンズで撮影したためでしょうか、画像の粒子がざらついて識別しにくかったのですが、その影像はまちがいなく彼の邸宅のある丘陵でした。たぶん高所から撮り下ろしたものでしょう。番組は生中継ですが無音で、ライブの意味のキャプションが流れるばかりでした。
 丘陵の各所で白い光が次々にあがると、その一帯がカメラの過剰露出になって白く画像が潰れ、数秒後に元の光景に戻ります。白い光が現れるのは、数秒間隔で十いくつになりました。また、細長い光が幾筋も邸宅へ打ち上げられています。お爺さんにもそれが爆発であり曳光弾であり、攻撃であることは自明でした。彼は、ただうなり声をあげるばかりです。

 天野とサンチョが駆け込みますが、雇用主の怒りに歪んだ横顔を目にすると、すぐには口をきけませんでした。
 ……
「これが日本国内のことなのか? 戦争中でも、軍事基地でもない一民家が公然と銃撃されて……。国は何を……」と、か細い声で独白し、まるで魂が抜け去った残骸のような哀れさでした。続いて桃子のお婆さんの名前を、御詠歌のように唱えだしました。

 テレビ番組は、キャスターと現場レポーターとの通話が復活しました。レポーターが言うには、おおよそ三十分前から爆発が起こっていること、銃撃音が続き一層激しくなってきたこと、銃撃の中心は民家であり、さらに、一帯は危険でカメラはこれ以上近寄れないこと、それは警察も同様で警官たちは慌ただしく駆け回り大声で言い交わしているが、交戦地域までとうてい進めないでいること、一方でパトカーや機動隊のバスがさらに集まってくる、などを説明しました。
 画面は総理官邸前のレポーターに引き継がれますが、レポーターは官邸側からは何も公式発表がない、と繰り返すばかりでした。
 しばらくするうちにテレビの画像が乱れ、真っ暗になるが、音声だけは放送され、キャスターと現場レポーターが言い交わして安否を確かめるばかりになりました。しばらくは現場から新しい情報はでそうにありません。他のチャンネルに変えても同じ内容でした。

 先ほどから天野はテレビには目を遣らず、スマホを取り出して何度も電話番号を変えて呼び出していました、が、どれ一つ応答がありません。お婆さんの個人携帯、邸宅の代表固定電話、業務用の携帯番号、部下の個人携帯番号……。いままで行き先を隠すために邸宅とはまったく連絡を取らなかったのですが、こうなっては通信封鎖などとは言っておられませんから。
 十件あまりの番号を試しましたが、やはり同じ結果でした。ですが、彼はこの不吉な事実をこのタイミングで雇用主に告げる蛮勇はありませんでした。

「あの閃光は、砲弾の爆発のようだ。多分、迫撃砲。それに曳光弾は、大口径の機銃。だが、あそこは要塞のようになっているから、たやすく破れない。それに、完全な不意打ちをくらってはいないだろう」と、サンチョが慰めるのように口にしました。
「なんだと……」放心していたはずのお爺さんが、これを聞きとがめサンチョに向き直りました。
「婆さんや桃子が死んだかもしれないんだぞ」それは凄みの利いた低い声で、顔貌は般若はんにゃの面のように引きつり、手は小刻みに震えています。
「すぐに帰るぞ」

 天野とサンチョは反応できません。ですがしばらくしてサンチョが、抗弁しました。
「お待ちください。帰ってもできることは何一つできません。危険が増すばかりです。我々の居所はまだつかまれていませんから、このまま息を潜めて反撃のチャンスを待ちましょう」
「反撃の好機だと、婆さんや桃子の命を奪われたあとで反撃だと? なんのために東京へ来た? こんな安ホテルで息を殺している訳はなんだ? 二人の安全のためだぞ。お前たちが帰らないなら、一人で帰る」
 それは絶叫にちかいものでした。

 サンチョはどうしたらいいのかとまどっていましたが、天野がしきりに目配せをしているのが目の端に入ります。
 彼は「落ち着いてください」と何度も繰り返しながら進み出ると、慎重に手加減した当て身を見舞いました。お爺さんが膝から崩れ落ちそうになるのを、天野と二人で支えベッドに静かに寝かし、お爺さんの容体を注意深く見まもりました。

「だいぶ手加減したから、ボスの健康は心配ないが、あとで二人とも殺されかねない。……が……これからどうする。いい考えはあるか?」
「さしあたって案はない。この場所は敵方には知られてないはずだが、いまかけた電話でバレるかもしれない。……とにかく、ここを引き払って、ホテルを移ろう。三ブロックも離れれば、電話発信源を特定されないだろう。急ごう」
「とにかく生き延びることだけを考えろよ」

 二人は荷物をとりまとめ、お爺さんを特定されそうな指紋やDNA残留物を除去し、気を失ったお爺さんを車椅子に乗せて近くの別のビジネスホテルへ移動しました。

「武器は持ってるか?」
 日が沈んでも暑気がまったく去らない路上で、天野が車椅子を押しながら尋ねます。
「持って来てない。果物ナイフならばあるが、襲って来る奴がリンゴ並みならなんとか処理する」
 サンチョの返事は冗談ではありません。
「ボディガードを雇おう。すぐに雇えるとこからだ、武装している連中を」
「国内で武装した警備員なんていないぞ。メキシコから人を呼んでも間に合わない」
「でもない。サンチョ、裏社会に詳しいのはお前たちメキシコ人だけじゃない。俺はクリーンな表だけの仕事をしてることになっているが、色々とグレーの部分を見聞きした。……イギリスのさる民間企業相手の安全保障コンサルを使う。表向きはありきたりのコンサルで、せいぜい契約企業従業員が営利誘拐された場合の身代金交渉代理までとなってるが、実はそのコンサルも例によって傭兵を運用している。暗殺まで請け負っているって噂まである。その支社が東京にあることを思い出したところだ。そこと契約しよう。サンチョ、俺たち三人の護衛と邸宅への反撃計画を急いでたててくれ」
「信用できるのか? 敵と通じてたら、こちらから首を銀の皿に載せて差し出すようなものだ」
「確かにな、スロットのジャンクポットを狙うようなものだが、今はそれしかない。それと……足のつかないスマホを手に入れてくれ。最低二台だ。それと鎮静剤が必要だ」
 彼はこう言って、車椅子のヘッドレストに白髪の頭をあずけて意識を失っている雇用主を見下ろしました。

 (つづきます)

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