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「子(ね)の会」吟行合宿記①

 JR鎌倉駅江ノ電乗り換え改札前に行くと、集合時刻の三十分前ながら、短歌人の方々のお顔がいくつも見える。ツアーコンダクターさながら名簿のバインダーを小脇に抱えた斎藤寛さんから、鎌倉の地図と部屋割り表を受け取る。すみれ、ひなげし、ゆり、りんどう、ききょう、きく…あじさい荘らしい部屋の名前だ。 

 今年は結社「潮音」から富沢恵さんと、そのお嬢さんで大学院生の田嶋麗さんも参加されて、花の咲き溢れる季節に似つかわしい華やかさである。いちばん遠くからご参加くださったのは、山口県の藤本喜久恵さん。いつも子の会合宿にご参加くださいましてありがとうございます。遠方からご参加の方々は前日から鎌倉入りし、ひとり吟行会を始めていた模様。かたや、仕事が終わり次第関西から駆けつけるとの連絡も入る。お忙しいなかご一緒してくださり、ありがたいことです。 
 行楽客でごった返す改札を抜け、レトロな四両編成の江ノ電に乗り込む。 

  江ノ電の全速力をわが愛すうらうらとゆくその全速力を/斎藤寛 

 はじめて江ノ電をみる参加者も多く、愛らしいフォルムや民家の庭をすり抜ける車窓の景色に感嘆の声があがる。ほどなく長谷駅に到着。無事全員下車。この会に限らないことだが、そして所属結社に関係なく耳にする話だが、まことに自由な歌人をとりまとめて移動するのは大変なことです(私こそ、いつも迷子体質でご心配をおかけしてすみません)。
  改札を抜けると、潮の香が非日常を告げる。海へとゆるやかに下る道が太平洋に突き当たり、右に折れる。薄紫色の諸葛菜の花が、浜風に揺れている。  

  義徳院公道清明居士といふ歌人ありけり諸葛菜咲き/野村裕心 

 ほどなく、鎌倉あじさい荘に到着。道路を隔ててすぐ目の前が由比ヶ浜海岸というロケーションだが、「紫陽花」よりも「あぢさゐ」という表記が似つかわしい佇まいだ。
 まずは集金。成り行きで私が集金代行を務めることになり、怖々とお札を数える。枚数が合って思わず拍手すると、ご参加のみなさまも一緒に拍手してくださいました。その雰囲気が、なんとも幸先のよい感じ。
 大きな荷物を置いて、早速吟行へと出陣。群れを離脱して海へと向かう木村昌資さん、江ノ電に乗り込む藤本さんを「本気で吟行するには、ああでなくてはね。吟行の模範!」と手を振って見送る。一同、長い長い列をなしては、ときどき途切れ、歌とはあまり関係ないかもしれない話題で盛り上がって、観光客で賑わう小町通りを北上する。興味の赴くままに看板や店構えの写真を撮り、店先に陳列された緑青色の「大仏グミ」に呆然として、人波に流されるように長谷寺に着く。
 お寺の前に、威容を誇る椨の木が立っている。大きな瘤をもつその巨木を撮し、ひとしきり撫でる。いちいち触れて確かめるあたりが、一般の観光客とやや違うところ。長谷川知哲さんの「誰かがこの木を詠むに違いない!」という言葉がかえって牽制球となったのか、あとで蓋を開けてみると椨を詠んだものはひとりもいなかった。けれども、多くのひとが「椨」を「タブ」と読めるようになったことでしょう。 

(続く)

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