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"逃亡日記" 第23夜 "ゼロ"から始める李禹煥(リーウーファン)


"整えられた"芸術空間…で"整う"体験。


最近、迷ったら"わけわかんない方"を選ぶようにしている。

…ただしアートにおいては…と書きかけて、服選びもその傾向にあるな…と気がついた。

今回、新国立美術館では"ルードヴィヒ美術館"観るつもりだったけど、チケット売り場で李禹煥に急遽変更。
"モノ派"…なんだそれ?の状態で音声ガイドのQRコードを読み込んだ。

それが"対話"のはじまり


Don’t think …


空間に広がる"あかい"色彩…赤?ピンク?オレンジ?…展示室のほぼ壁一面をうめる巨大なキャンバスに塗り込められた均一な色彩。
不思議なほど静かで、刺激的な色彩なのに怖くない。

隣の部屋には、無機質(で巨大な)"鉄板"や"木材"、"ガラスと岩"。想定外の大きさに、自然と言語思考が停止する。

かなり分厚いガラスに落下させた岩。
少し前に、ライアン・ガンダーの"落下物"を観たところだったので対比があざやか。

ライアン・ガンダーのポップでラフな落下とは対照的に、かなり分厚いガラスに精緻に落とされた巨大な石(こなごなのガラス片たち…どうやって保管してるんだろ??毎回落としてる??)

"人"とほぼ同じ(もしくは絶対的に巨大な)体積の岩や鉄板。無機質な語らぬものたちが、しんとした空間の中に佇んでいる。

言語思考は止まったままで、それでもずっと観ていると、最初に感じた心のざわめき(どうしよう…わかんないままおわるかも…⁈)がだんだん静まって凪いでいく。
なんだろう?何かに似てる。

あぁ、そっか。神社仏閣の"整えられた"結界に似てるんだ。
空まで繋がるような、たっぷりと豊かな余白を感じるこの感覚。

観る人によっては、"こわい""不気味"って感じるのかもしれない…とは、友人に作品の写真を見せたときに"こわいね"って言われて気がついた。

からりと暑い秋の空にかかる"アーチ"は、李さんが底冷えのヴェルサイユ宮殿で思い出した、"里山の春の虹"を映したものらしい。
切り取られ整えられた六本木の空に、小鳥が飛び、とんぼがくぐり抜ける。

ここが六本木なのを忘れちゃう


東京って都会のくせに、時々信じられないほど遠くまで飛べる空間を隠しているよね。



Feel…


巨大な無機物を組み合わせて、体感できる作品もある。

空間一面に敷き詰められたスレートの上を、ガタゴト歩きまわって、ひび割れを増やす作品(あらぶる感覚!)とか。

展示室に砂を敷き詰めた上からアクリル板でぴったり覆って、土と水と空気を詰めたアクリル柱をカラフルな電球でそこはかと照らしたり(なんかオラファー・エリアソン思い出す)

玉砂利とつるつるのステンレスの違いを、そーっと足裏でさぐりながら、巨大が作る"はざま"に挟まれる体験、とか。

…ほんとは岩も手で触れたいけど「お手を触れないで…」なのでせめて足裏で。ほんの少し研ぎ澄ませば、人の五感はすぅっと広がる…のを、ぜひ体験してみて。


Painting 


さて後半は、李のペインティング。
「点より」「線より」のシリーズは、大きなキャンバスに岩絵具をぐぐっと塗りつけて"時間"を表現したもの。

「線より」
ノルウェイの森(村上春樹)のハングル版の表紙はコレらしい



…え。これって。
点打つ時って右から?左から?上から?下から?と、素朴な疑問が湧き上がるぐらい"ぴっちり"の点や線の濃淡から浮かび上がる余白。


「対話」シリーズは、画像で見ると洗練された色彩のグラデーションに見えるけど、実物は絵の具の"盛り上がり"に目がいっちゃう。

モチーフのカタチそのものは、絵本"もこもこ"の元永定正を思い出す、やわらかなバケツ型。キャンバスの対角線上でそれぞれの"意識"を呼応させ合ったり、観る人に対面してきたりする。

私はグレーって色が好きなので、グレーだけのグラデーションが好きすぎて、色彩がたくさんある"対話"(アクリル絵の具ver)は情報量多すぎてちょっと苦手だった。


アートツアーはつい予定を詰め込みすぎる私に、"…まぁちょっと落ち着いて「整って」いきなよ。余白っていいよ"…と、語りかけられたような展示でした。

ここちよすぎて、「アーチ」の前のモダンなイスでうとうとしてしまった…。



音声ガイド(無料)の中谷美紀の落ち着いた声と、李氏自身の解説もとってもよかったので、ぜひスマホとイヤフォンを忘れずに✨

あ。それから、時間的な"余白"(2時間くらいね✨)も忘れずに‼︎

国立新美術館にて
2022/11/7まで

※2022/12/13からは、兵庫県立美術館に巡回
安藤忠雄建築とのコラボも観られます!

読んでくださってありがとう🌟ぽちぽち書いていきますね。