見出し画像

僕と彼女は箱推しになれない 第十二章

「ちょっと待った!静かにして僕の話を聞いてくれ」
はるるんがいなくなる運命が変わらないのなら、出禁になってもいい、身を削ってでも伝えたいことがある。佐伯稔は前向上でオタクを一蹴するために乱暴な台詞を飛ばす。
「まず、オタクども。写真を拡散されてはるるんがどれだけ追い詰められたか考えたことあるのか?ウジ虫のように涌いて群がるおまえらのことを言ってるんだよ」
「てめぇ、ここにいるオタク全員、誹謗中傷してるって決めつけてんのか!小僧のくせに俺らをなめんじゃねぇよ」
想像していたよりも早く反論をしてきた。前島を呻のみでなく、他のオタクも便乗して罵ってくる。まるで僕を排除するかのように。排他的な奴らを黙らせる僕のアイドルへの信念をぶつけるときだ。

「アイドル(idol)の語源を知ってるか?偶像だよ。キリスト教の聖書という教典に載っているんだよ。古くから伝わってきた立派な伝統なんだよ。アイドルは、商品価値のある操り人形じゃないんだよ。アイドルを応援してるのに知らないって恥ずかしくないの?偶像崇拝しろよ。アイドルは敬うべき存在なんだよ。アイドルになった瞬間から認められるべき存在なんだよ。はるるんは矢面に立って頑張ってくれていた。それなのにお前たちは、はるるんのグラビアを貧乳だと投稿したり、それを見てヌイて『はるるん、ごちそうさま』と彼女のbinderに投稿していたよな!アイドル見てヌいてんじゃねえよ。そういった肩書をもつ職業の女性でやれよ。艶めかしい目でアイドルを見るなよ。雑誌で水着になったことが、後々黒歴史になるかもしれないのに身体を張ってくれてるんだよ。感謝しろよ。後、おまえたちが勘違いしていることを言う。アイドルは“理想の彼女”じゃない。それにさ、好きなはずなのに何で推しメンの粗探しをしたがるの?消しカスを練るようにねちねちと嫌味言うなよ。欠けている部分を愛嬌だと捉えて見守れよ!手垢にまみれた手で粗削りせずに、神聖な気持ちで磨けよ。おまえたちの操り人形じゃない!推しメンに認知されたいがために、周囲に迷惑をかけるなよ。おまえたちは承認欲求の権化かよ。過剰なアピールをして、周りに冷たい目で見られてアイドルの価値を下げるな。おまえたちの歪んだ理想を押し付けるなよ。オタクの下世話なエゴでしかないんだよ。はるるん達が、アイドルになって良かったって思ってもらえるようなオタクであれよ!アイドル当人に『箱推し』だと迷いなく言ってもらえるように立ち振る舞えよ!英語のアイドル(idol)に理想なという意味はない。理想的なものの意味があるのは、アイディゥ(ideal)だよ。この単語はアイドルと関係ないんだよ。これと混同してアイドルを見てるのがおまえたちなんだよ!」

僕が胸に秘めていた信念を聞いたオタク達は呆然としていた。一息でまくしたてたので息が苦しい。それでもメンバーにも訴えなければならないことがある。ステージにいる彼女らに言葉を紡ぐ。

「僕は一ファンでしかないから、メンバーのことをとやかく言う資格はないかもしれない。でも、言うよ。はるるん以外の四人。親しみやすい美人がコンセプトなのになんで、加工や修正をしたの?アイドルは可愛いが前提なのに矛盾した行動とってオタクに媚びるなよ!気持ちが移ろいやすくていつの間にか誰でも大好き状態になるから信頼したらだめだよ!オタクの理想を体現するんじゃなくて、幼い女の子の憧れの的になることを想像しなきゃ。夢を与えるような、模範となるような、あなたに憧れてアイドルになりたいと思いましたって何年後かに言われるような。そんなアイドルになってほしかったよ。あなたの加工技術に憧れてアイドルになりたいと言われたら悲しくないのか?手抜きをしている姿に憧れてもらいたいのかよ!加工は一般人でもできる。アイドルだから参考になる化粧や自分の見せ方を磨いてほしい。現状がこれなら、メイドカフェの方が整備されてるだろうし、よっぽどマシだよ。その証拠にテレビでも紹介されてる。少しでも良く見られたい、這い上がって有名になって紹介されたいって気持ちはなかったの?柚希と瑠那、はるるんに罪をなすり付けておかしいと思わないのかよ。希海と万里香も素知らぬふりをしてたんだろ!本物のアイドルは……はるるんだけだ!偽物アイドルは消えろ」

背後に気配がすると思った直後、急に膝を足で小衝かれ、頽れた。
「何するんだ!」
首を後ろに振り向けた。薄暗がりの中で目を見開く。辛うじて女の子だと分かった。首からカメラを提げている。
「すべて聞いてました。綺麗ごとにしか聞こえませんでしたよ」
随分と強気だ。膝を擦りつつ立ち上がって向き合った。
「見ない顔ですね。初対面で膝かっくんしてくるなんて失礼ですよ」
「黙っていてください。あなたは充分話されましたよね?皆さん聞いてください。私は川瀬晴香の友人の瑠梨です。大学で知り合って仲良くなりました。証拠は後で出します」
皆が彼女に視線を向けている。はるるんを助ける約束を取り付けて駆けつけたのは僕だけだったはず。何が起きているんだ。はるるんは微動だにしない。ステージの方から前島の罵声が飛ぶ。
「友達を装ってるだけだろ!早く証拠とやらを見せろ」
「今までライブに来たことあんのかよ!ないだろ。部外者が首つっこんでんじゃねぇ」
「待てないんですね。なら言いますけど、情熱の無駄遣いですよ。最後まで黙って見届けるのがはるちへの恩返しになる。そう思いませんか?説教して何が楽しいの!休業中、彼女から複雑な心のうちを聞きました。ストレスを発散するかのように叫んでいる人が居たり、肝心のステージを見ずに環になって踊ったり、挙句は性のはけ口に週刊誌を利用して投稿したり……狂ってます。アイドル以外の身近な女性に同じことできるんですか?」
そこまで言って女は言葉を切り、カメラをいじり始めた。
「はるるんについてはあなたたちの方が知っているかもしれない。でも、川瀬晴香のことは私の方が絶対知ってる。分かったつもりになってますね。これらの写真を見ても同じこと言えますか?」
少し近寄った。一眼レフだ。ステージの暖かな照明とは一線を画す白い光が異彩を放っている。毅然|《きぜん》とした態度で操作している。オタクが一目散に近寄ってきた。
「私が彼女と初めて出会った時のものです。記念に撮りました。もちろん、合成なんかではありません」
悪びれずに堂々と画面を向けた。呆気に取られた。
「もう一枚ありますよ。平成最後のポートレートの学生コンクールで彼女を被写体にして撮ったものです。見事、金賞を頂くことができました」
大学の正門らしき場所でピースをしているもの、二人で表彰台に立って微笑んでいるもの、インタビューを受けているもの……そのどれもが見たことがないほどの笑顔だった。
「彼女と出逢えたおかげです。晴香のことはなんでもお見通しだと傲慢な態度をとらないでください」
女はカバンからケースを取り出し、カメラをしまった。それと引き換えにスマホと見覚えのあるものを取りだした。
「チェキ用に買ったインスタントカメラです。すぐ現像出来て便利なもの使ってますね。最後に、とっておきの写真を見せます。脱退するからいいよね?はるち」
振り返ってはるるんを見る。既視感を覚えた。憑き物が落ち、写真の中の笑顔を湛えていた。
「彼氏がダブルデートしようって私達に言ってきて、春分の日に温泉旅行のついでにデートしたんですよ。あれっ……皆さんご存じないんですか?はるち彼氏いたんですよ。整形した後です。写真の彼に『整形してるけど、それでもいい?』って聞いたら、二つ返事でいいって言ってたんです。懐が深いんですよ。夢にもでてくるるんだよね。宿泊デート楽しかったよね?はるち」
後方にいたオタクに「意気地なし」と叱責され、頭を捻られ強制的に前を向かされた。スマホのライトがチェキを照らし、像が浮かび上がった。ステージを見遣った。呼吸が薄くなる。動悸が止まらない。足ががくがくと震える。冗談だと言ってくれ。はるるん、いや川瀬晴香を推してきた時間を友達の手で終わらせないでくれ。オタクと同じ垢にまみれた手だったのか。整形なら耐えられる。どう踏ん張っても彼氏は耐えられない。まだ反応が無い。本人が嘘だと言ってくれればいい。推しメンが崩れるのなんて見たくない。
 
「うんっ」

(僕のたった一人の偶像が……)
焦点が合わない。崩れていく。焦点が定まらない。推しを構成しているパズルのピースが散り散りに粉砕されていく。眼球を破壊した。鼓膜がなくなったみたいだ。ありとあらゆる音が聞こえなくなった。時空間が歪んだ。気が動転した。目を背けて駆けだした。天に飛んでいけそうだ。

ライブに行くときに見舞われた土砂降りの雨はすっかり止んでいた。どうせなら降っていてほしかった。太陽の下、公の場で撮ったものなら男友達と思い込ませる余地があった。月の下は非日常だ。ホテルのベットの上で下着姿になって男と肩を並べていた。彼氏以外だと思い込ませられないではないか。掲示板の写真がぱっと浮かぶ。出所の分からないものを信じて追求した時間が水の泡だ。本人の口から言うまで待てばよかった。盲目のオタクでしかなかった。所詮、色眼鏡で川瀬晴香を見ていただけだったのかもしれない。リュックの中に手紙を入れていたのを思い出し、立ち止まって出した。ファスナーを開けたまま、再び駆け出す。ややあってスクランブル交差点が見えてきた。
「あーーーーーっ」
渋谷駅の上にある満月を睨み、狼のように吠えた。破いて宙に放り投げた手紙は、僕の心のように、ぼたぼたとアスファルトに沈んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?