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『No woman, no cry』 vol.2 【小説】

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄令和○年十一月九日発行  

保護者各位      
           ○○高等学校長×××××

保護者の皆様へのお知らせ

保護者の皆様におかれましては、日頃より本校の教育活動にご理解ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
この度、大変悲しいお知らせをします。本校の生徒が、○月○日に急逝されました。心から哀悼の意を表します。
本日、全校集会にて生徒の皆さんに伝え、黙とうをすると共に、御冥福をお祈りしました。
また、このような際には、心身の不調を生じることがありますが、それは自然なことであり、その反応や回復の仕方は人によって異なります。
学校では、担任及び養護教諭等を中心に、生徒の様子を十分に見守るとともに、・・・
 
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高校のロッカーにあった荷物を、葬儀のときに、先生が届けてくれた。
先生も忙しくて、うっかりしてたんだろう、校内文書が、そのまま入ってた。
わたしはもう、保護者の皆様じゃないのにね。

きみのことが「お知らせ」という、一枚の紙になってた。
 
 同じ日に、「学校通信」が発行されてる。
内容は、校長挨拶、マスク着用、中間考査の結果とその対策、昨年度進路実績、特別科学教育校決定について・・・。 
 

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令和○年十一月九日発行 
「学校通信」       
           ○○高等学校長×××××

・・・
・・・最後に、今月中に文部科学省から本校が特別科学教育校(以下、特科教)三期目の指定校として決定したとの連絡がありました。従いまして来年度から令和○年までの五年間、本校は特化教の三期目に入ります。・・・保護者の皆様におかれましては、益々のご協力を賜りますよう・・・

以上
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いつもと変わらない、学校通信。
なにもなかったかのような、日常。


 
「皆さま、進路実績の表をご覧ください、難関
 大学合格者数の、この跳ね上がりよう、文科
 省特化教認定に、十分こたえ得るものであ
 り、教職員一同益々の・・・」

保護者会でも、必ず数字、だったな。保護者のウケも良かったのか。でも数字って、わたし苦手で、いつも話の途中で、眠たくなって、困った。
 
ねえ、分かんないけど。
それはそれ、だけど。

十代のうちに、となりの友だちの、ささやかな喜び悲しみや、こらえている涙に、気づくとか、なんて言うの、感性とか? どうなんだろうね、そういうの、学校では無用なのかなぁ。どこへ行ってしまうんだろう、高校。文科省認定は、なんのためなんだろう。

あー分かってる、話が支離滅裂で、

「母、まじウザっ!」

きみの声が、聞こえてきそうだね。
はいはい、やめるよ。涙は、拭って。
 

In this great future, you can't forget your past
So dry your tears, I seh
And, no woman, no cry
No woman, no cry
'Ere, little darlin', don't shed no tears
No woman, no cry     

『no woman, no cry』Bob Marley & the Wailers


  
 昨日、ヨウスケくんが来たよ。毎年、この季節に来てくれる。
あの高校で、彼女の妊娠が分かって、中退する子なんて前代未聞だったから、随分びっくりしたけど、今じゃ、良いパパになってて、スマホで子どもの写真、見せてくれた。

毎日、食ってくだけで大変だけど幸せだ、って。

きみが亡くなる少し前に、一緒に、幼稚園の前をぶらついたこと、急に思い出したんだって。きみが、
 
「この園、もうすぐ閉園なんだ。あの山のてっ
 ぺんでよく、おにぎり食った、うまかった。
 弁当に、いつも緑の野菜が入ってて、こっそ
 り捨てたりして。すげーきれいな先生、ヒロ
 子先生に、怒られるのが、嬉しかったんだ。

 あ、あの丸い輪っか、サルみてえにぶる下が
 って、女の子のスカートの中、見たりして、
 またヒロ子先生に怒られて、走って逃げ回っ
 て。

 砂場もさ、泥だんご芸術的につくると、鉄の
 塊みたいに、ピッカピカに光るんだぜ。翌日
 には、干からびて、また夢中でイチから作る
 んだけど。
 オレ、大好きだったんだなぁ、この幼稚園。
 
 なあ、ヨウスケ、好きなものって、どうして
 無くなっちゃうんだろう」
 
そう言われて、
 
「そうか? 変わらないものも、結構あんだ
 ろ」
 
て、ヨウスケくんは答えた。

ぼく、そんときアタマん中、彼女と妊娠のことでいっぱいで、上手く答えられなかったです、って。そしたら、きみが笑って、言ったらしい。
 
「お前は、生きろ。お前なら、彼女と子ども
 と、幸せになれる」
 
だから、ぼく、絶対に幸せになるんです、だって。
 


(続)

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