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点の消費で終わらない、点と点をつなぐ旅のかたち―「まちやど」を通じて、暮らしを見つめ直す―

2021年7月〜2022年1月の半年間、宣伝会議が主催する「編集・ライター養成講座(第43期)」を受講していました。

その卒業制作として、企画、取材、執筆を手がけた記事を公開します。

「まちやど」の考え方やこれからについて、日本まちやど協会と真鶴出版に取材したものです。

※担当講師による審査の結果、こちらの記事は「優秀賞」を受賞しました。(受講生150名弱。提出された卒業制作は65作品。最終講評で「最優秀賞」3作品、「優秀賞」7作品が選出)


※本記事は、宣伝会議 第43期 編集・ライター養成講座の卒業制作として作成しています。

点の消費で終わらない、点と点をつなぐ旅のかたち
―「まちやど」を通じて、暮らしを見つめ直す―

2020年春、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大し、私達の旅のかたちは大きく変わらざるを得なかった。

国内外で移動の制限や自粛を求められる中、近隣での観光を指す「マイクロツーリズム」という言葉もメディアで注目を集めたが、それ以前から、地域の日常の尊さに目を向け、宿泊客とまちをつなげる活動が日本各地で広がっていた。それは「まちやど」と呼ばれる事業である。

地域の「日常」が最大のコンテンツ

「まちやど」とは、まちを一つの宿に見立て、宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上させる事業のこと。日本まちやど協会(以下、「協会」)が提唱する。

近代のホテルや旅館のように、施設内に客室、レストラン、浴場などを包括して一箇所に閉じる旅ではなく、まちの既存資源をつなぎ、「日常」を最大のコンテンツとすることで、その地域固有の宿泊体験を提供するものだ。現在、協会に認定されたまちやどは全国22箇所におよぶ。

出典:日本まちやど協会(http://machiyado.jp/

近年はインターネットでの情報検索や施設予約が容易になったため、個人旅行が一段と身近なものになった。宿泊先や飲食店などを、それぞれ自分で事前予約して計画的に回ることができるのは大変便利なことだ。

しかしながら、その代償として、旅先のまちとの接点が一面的になり、点ごとに消費していくだけの旅になってはいないだろうか。

まちやどの発想の出発点

「まちやどは、地域で暮らす人達が生業なりわいとしてやっているかどうかを大事にしています。担い手が自分ごととして、自分達のまちのために着想しているかどうか。宿の魅力の付加価値として、まちの魅力を発信すると、どうしてもまちを消費する側になってしまうので、発想の出発点が逆だと思っています」

こう説明するのは、協会の代表理事、宮崎晃吉さん(39)。建築家・一級建築士で、建築設計やデザイン、飲食店事業などを営むHAGI STUDIOの代表取締役を務める。

同社は2018年度グッドデザイン金賞を受賞したホテル「hanareはなれ」を東京・谷中で経営する。協会に加盟するまちやどの一つだ。

谷中は「谷根千やねせん」の愛称で知られる下町風情が残るエリア。寺院が多く、活気のある商店街や趣のある路地が今なお残る。

hanareレセプションにて
【左】宮崎晃吉さん(39):HAGI STUDIO代表取締役、日本まちやど協会代表理事
【右】坪井美寿咲さん(26):hanare宿泊マネージャー、日本まちやど協会事務局

hanareのコンセプトは、「the whole town can be your hotel 〜あなた次第でまちはホテルになる〜」。宿泊料金は、大人2名1室・1泊2日朝食付で1人あたり約1万円(季節、客室により変動あり)。

宿泊客はチェックイン時に銭湯チケットとオリジナルMAPを渡される。宿泊棟は離れとなっており、大浴場やレストランは、まちの銭湯や飲食店を案内される仕組みだ。宿泊客は自然とまちの中に点在する施設へと繰り出すことになる。コンシェルジュと呼ばれるスタッフは、各宿泊客に合いそうなまちの情報を厳選して案内することで、地域との橋渡しをする。

まち全体を一つの大きなホテルと見立て、宿泊者と地域をつなぐことで、宿泊者が地域の日常に入り込むきっかけを作っているのだ。

ホテルのレセプションが入る建物「HAGISO」(カフェ、ギャラリー等の複合施設)や宿泊棟「丸越荘」は、同社が築50年以上の木造アパートをリノベーションしたもの。スクラップアンドビルドではなく、地域の既存資源を活用する姿勢が貫かれている。

HAGISO外観
2階にはhanareのレセプションが入る

このようなhanareの仕組みは、従来型チェーンホテルと比較して、5倍も高い地域の稼ぎを生み出していることが、稲垣憲治さん(京都大学大学院プロジェクト研究員)の研究結果からわかっている。

稲垣さんによると、hanareの2017年度実績(客室数5、売上約1900万円、従業員6名)から推算した結果、地域の稼ぎは約500万円になった。同じ売上・純利益で、資本・従業員が地域外の従来型チェーンホテルを設定して推計した地域の稼ぎは約100万円。hanareの5分の1に留まると指摘する。

まちやどの事業形態は、地域の稼ぎに良い影響を及ぼしていると述べられている。(『日常』2021、pp.114-117)

小さな港町の「泊まれる出版社」

神奈川県の南西部に、真鶴という小さな港町がある。海と森に恵まれた自然豊かな土地だ。この地に移住して、「真鶴出版」の屋号で出版業と宿泊業を営む夫婦がいる。真鶴出版も協会に加盟するまちやどの一つ。

出版業は夫の川口瞬さん(34)、宿泊業は妻の來住きし友美さん(34)が担当する。出版業で真鶴の情報を発信し、宿泊業でまちに訪れた人を受け入れるスタイルだ。

真鶴出版のエントランスにて
【左】來住友美さん(34)、【右】川口瞬さん(34)

コンセプトは、「泊まれる出版社」。築約60年の民家をリノベーションした1日2組限定の宿。(現在は新型コロナウイルスの影響で1日1組限定)

宿泊料金は、大人2名1室・1泊2日朝食付で1人あたり約1万円。コロナ禍は最初でこそ休業したが、再開後は客足が途切れないという。

真鶴出版2階の客室
窓から光が差し込み、明るい空間が広がる

最大の特徴は、初めて宿泊するゲストに1~2時間まちを案内する「町歩き」をつけていること。

町歩きに出る前は、ゲストに対して丁寧にまちのレクチャーをする。内容は、真鶴は坂道が多く「背戸道せとみち」と呼ばれる細い路地が至る所にあること、「美の基準」というまちづくり条例によって景観やコミュニティが守られていることなど、多岐に渡る。

町歩きに出ると、真鶴出版のスタッフと共に、細い背戸道を縫うように歩いていく。まちの住民とすれ違えば「こんにちは」と挨拶をしながら、スタッフが住民にゲストを紹介する。

案内されるのは、通りすがりの家の石垣に使われている石が真鶴で採れる「小松石」であることや木製の電柱がまだ残っていること、おいしい干物店のこと、そして港が見下ろせる絶景ポイントなど、観光地を目指すだけでは通り過ぎてしまいそうな場所ばかり。

まるで、自分が住民になったかのような気持ちが味わえる。地域の日常を味わうという、とっておきの非日常体験だ。

高台から真鶴港を望む風景

2015年に2人が真鶴に移住してから、真鶴出版との出会いをきっかけに真鶴に移住した人は、約20世帯50名におよぶ。2人が発信する真鶴の日常が、人々に届いた結果だ。

しかし、2人の目的は移住者を増やすことではなく、あくまでも「自分達が好きなまちに住み、好きな仕事をして暮らすこと」だという。

來住さんは、どのようなきっかけで現在の仕事に辿り着いたのだろうか。

「元々海外と日本をつなぎたい気持ちが強く、大学卒業後は青年海外協力隊としてタイで日本語教師をしていました。ところが、日本語を学ぶ人達は既に日本のことが好きで、私が教えなくても自力で機会を作っていけるので、自分がつないでいる感覚が持てなかったんです。もっと、日本に興味がなかった人へ向けた、きっかけ作りがしたいと思うようになりました。旅は多くの人がするので、宿なら日本とつなぐ案内ができると思ったのが始まりです」と、來住さんは話す。

「地方なら、まちのコミュニテイも残っているし、ゆっくりゲストとまちをつなぐ時間が取れると考えて移住しました」

今後は、宿泊業はもちろん、定期的に出版物も発行しながら、展示会などのイベントにも取り組む予定だという。真鶴出版に足を運んでくれる人に向けて、素敵な人や作品を知るきっかけ作りをしていきたい、と來住さんは目を輝かせた。

まちづくりの文脈で機能する宿

まちやどのアイデアはどのような経緯で生まれ、なぜ協会が設立されたのだろうか。

協会設立は2017年6月。その背景には「リノベーションまちづくり」という、地域の遊休不動産などを活用して地域の課題を解決していく動きがあった。

2011年から「リノベーションスクール」という、まちに実在する建物を対象物件として、リノベーションプランを企画してオーナーに提案するスクールが全国で開かれていた。そこから実際に様々な事業も生まれている。

「僕も講師としてスクールに参加する中で『宿を観光ではなく、まちづくりの文脈で、どのように機能させていくか?』が、どの地域でも共通した課題になっていると気付きました。地域や暮らし、まちづくりとの接続性がある宿を定義すべきだと」と、協会の宮崎さんは語る。

「その先駆者として、協会理事の岡さん(岡昇平さん・香川県でまちやど『仏生山まちぐるみ旅館』を運営)がいて、2015年から僕もhanareを始めたし、かつ日本中で同時多発的にそういうことをやり始めている人達がいるとスクールを通じてわかったので、協会を作ることにしました。現在の協会理事は、スクールに携わっていた人も多くいます」

「当時はそういうアイデアがまだ世の中にない状態だったので、まずそれを定義していって、自分達が共通してやりたいことがどういうものか、輪郭をはっきりさせるための活動でしたね」と続ける。

まちはちょっと盛り下がるくらいがちょうどいい

協会員のまちやど施設には、一つとして同じ宿はない。

地域や規模、客室形態がそれぞれ全く異なる。そこで利用者が気になるのは、まちやどがどのような基準で選ばれているのか?ということだ。宮崎さんはこう説明する。

「協会に入会したいという問合せもあるが、マストにしているのは協会理事もしくは会員からの推薦があること。そして、必ず理事が実際に現地にいって、そこがまちやどの機能を果たしているか確かめて入会を審査している。結構ハードルを高くしていて、数を増やすことを急いでいない。質を大事にしたい」

現地で確かめた結果、入会を見送ることも多くあるという。

「むしろ協会側から見て『まちやど』だと思う施設に、積極的にお声かけして、入会いただくパターンの方が多いです」と宮崎さん。

実際に、真鶴出版は協会からの声かけによって会員になった経緯がある。

「宮崎さんが実際に宿泊に来てくださって『真鶴出版もまちやどだから、協会に入りましょう!』って(笑)。『じゃあ、お願いします』という感じで、最初はよくわかっていなかった。入った当初は、まちやどを広めるためにとか、自分達がまちやどだという意識は持っていなかったんです」

こう話すのは、真鶴出版の來住さん。

「ただ、宮崎さんから説明されたまちやどの考え方は、私たちがこれまで自然にやってきていたことと同じで、何も違和感がなくて。同じ想いで活動している人達が、全国にこんなに沢山いたんだと知って驚きました」と続ける。

協会でまちやどを横繋ぎすることで注目が集まり、その考え方を理解しないまま、まちを消費するスタンスで来訪する宿泊客が増えることは懸念していないのだろうか。問いかけると、宮崎さんはこう答えた。

「そこは、協会理事の岡さんの哲学が効いています。『まちは盛りあがっちゃいけない。なんなら、ちょっと盛り下がるくらいがいい』と(笑)。どこそこが最近アツいらしいと注目されると、まちのポテンシャル以上の評価を受けてしまうけど、必ずそれは同じ速度で盛り下がり、元よりも悪くなってしまう。チェーン店や大手資本に荒らされて、地域に元々あった個性のある個人商店が潰れてしまう。だから、なるべく気付かれないように、じわじわ温めていく岡さんの方法論に僕もすごく共感している。もちろん、まちが変わらざるを得ない場面はあるけど、ブレーキをかける存在がいないと本質を見失ってしまう。そういう目線は協会全体でも持っています」

まちやどは宿だけじゃない

宿泊業は、新型コロナウイルスの影響が大きかった業種の1つだ。観光庁の旅行・観光消費動向調査によると、2021年4−6月期の日本人国内旅行消費額は、コロナ禍以前の2019年同期比69.8%減。インバウンド需要の低下のみならず、国内も依然として厳しい状況が続く。

そのような状況の中、2021年5月に、協会は雑誌『日常』を創刊した。編集委員は協会の有志メンバー、編集長は真鶴出版の川口さんが務める。

こんな時こそ、本質的な価値について考える機会だと捉えた。『日常』創刊記念オンライントークイベントで、宮崎さんは「宿泊業を停止していても『まちやど』のアイデンティティが揺るがないことが本質なのでは」と語った。

本質は「日常の尊さを伝える」こと。まちやどは、現在進行形で育まれつつある価値観として、もはや宿の機能だけに収まらない、概念的なものになってきているという。

雑誌『日常』創刊号
表紙の装画は手作業で特殊印刷されたもの

「『日常』を作る過程で、編集メンバーと『まちやどとは何か?』について、とことん考えました。協会員にインタビューをする中で気付いたのは、まちやどを始めた理由が、地域のために何ができるか考えた結果たまたま足りない機能が宿泊機能だったから、という回答が多かったことです」と、來住さんは話す。

『日常』に掲載されたまちやどオーナー全22名へのアンケート結果では、「なぜ、まちやどを始めましたか?(複数回答可)」の問いに対して、「宿泊施設の運営が好きだから」と回答した人はたったの2割に留まる。その一方で、8割以上が「まちづくりの一環として」と回答した。

その結果を表すように、『日常』では、まちやど以外のカフェや製本所などと地域の関わりについても、多く紹介されている。それらは、編集委員達によって「まちやど的なもの」と呼ばれる。

「宿だけではなく、『まちやど的なものってこういう場所だよね』というものを、毎号で取り上げていくつもり。『日常の尊さをどのように可視化していくか』ということは、雑誌『日常』に通底する考え方です」と宮崎さんは話す。

『日常』は年刊誌で、第2号は2022年5月に発刊予定だ。

暮らし目線のローカルメディア

「宿泊業を停止していても、まちやどのアイデンティティが揺るがない」という想いは、新たな動きにつながっている。

hanareは、インバウンド需要が大部分を占めていたこともあり、新型コロナウイルスの影響を受けて現在は宿泊業を一時休止している。そんな中、HAGI STUDIOはローカルWEBメディア「まちまち眼鏡店」を2022年3月末までにローンチ予定だという。コンセプトは、地域に関わる人達による「まちまちな、まちの見方」が味わえるWEBメディア。

宮崎さんは「同じまちでも見る人によって見方は様々。それを眼鏡に見立てて、誰々さんの『まち眼鏡』という形で寄稿してもらうことで、読者がその人のまちの見方を追体験できるメディアにしたい」と話す。

メディアの店長を務めるのは、hanare宿泊マネージャー兼協会事務局の坪井美寿咲さん(26)。

「まちのご案内をすることは、宿泊ゲストに対して対面で行っていたものから、ツールがWEBに変わっても本質は同じ。媒体がWEBになることで、より多くの人に届けることができる。まちのことを知ってもらうハードルが低くなり、間口が広がることが楽しみです」と語る。

想定読者は、住民や最低年1回は来訪する関係人口まで。観光メディアではなく、あくまでも暮らし目線で、まちの多様性を実感できるメディアだという。2022年2月頃から、クラウドファンディングで資金調達を開始する予定だ。

まちやどが私たちにもたらすこと

「協会が抱えている課題は、まちやど同士の交流をどのように進めていくかということ。雑誌『日常』で一つの軸になるものが作れたので、それは大きな成果。そうやって、徐々にまちやどの考え方を一般化していきたい。そして、良い宿を増やしていきたいと考えています」と宮崎さんは話す。

「今まで日常や地域の尊さに気付いていなかった人達が、コロナで遠出ができなくなって半強制的に地域と向き合わざるを得なくなった。それを全世界で同時に体験する出来事は、よっぽどのこと。今後、その影響はかなり大きいと考えます」と続ける。

まちやどを通じて体験できる「点の消費で終わらない、点と点をつなぐ旅のかたち」を知ることで、私達は新しい旅の価値観を得るのみならず、自分達が暮らす地域に目を向けるきっかけを得られるのではなかろうか。

住んでいる地域のことを自分ごととして考えられる人が一人でも多く増えれば、まちの多様性は高まる。一つ一つは小さな動きかもしれないが、それが少しずつ各地に広がればどうだろう。

資本主義社会がもたらす画一的な発展に、ただ飲み込まれるのではなく、暮らしに潜む日常の魅力を見つけ出し、それらを守っていけるはずだ。


■取材協力
日本まちやど協会
hanare
真鶴出版

■参考文献
・書籍『小さな泊まれる出版社』(川口瞬・來住友美, 2019, 真鶴出版)
・雑誌『日常 Vol.1』(2021,真鶴出版)p.114-117「まちやどによる地域経済付加価値」(稲垣 憲治)

2022.1.31追記
記事内でご紹介したHAGISTUDIOさんが立ち上げる『まちまち眼鏡店』のクラウドファンディングがスタートしたそうです。

まちへの愛あふれるローカルWEBメディアがどのような取り組みになるのか、詳しく説明されています。応援金額は様々で、リターンも谷中のまち歩きやhanare宿泊券付きなど豊富。ぜひあわせてご覧下さい。

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