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あらゆる初めて。

初めて “ 恋人 ” の存在を認識した日のことを思い出す。

不思議と「 あぁ、私はこの人を好きになる 」
と 何の脈絡も無くそう思い、文字通り “ 素通り ” した。
相手の所在はもちろん、 姿かたちも知らないのに
そんなことを思った自分が なんだか馬鹿馬鹿しかった。

当時 恋人には恋人が居た。
私は自分自身はおろか、誰も愛してはいなかった。
その時の自分に聞いてみないと なんとも言えないけど
日常生活の あらゆることに疲れていたし 
路地裏の猫ちゃん宜しく 人知れず心身を回復できる場所が必要だった。
誰も私を知らない世界で 自由に言葉を連ねたかった。
共感も 指先一つの “ いいね ” も、繋がりの薄いフォローも、
その世界に於いて 私が望むものは何一つ無かった。

恋人は当時の恋人を愛していた。
いつも全力で いつも真っ直ぐ。その姿は眩しくて 美しかった。
恋人の言葉は カラっと晴れた日の夏を彷彿とさせ、
私の胸は高鳴った。確実に私に無いものを持っている。
一つ一つの言葉から溢れる愛や 匂いを想像し、
きっと 素敵な笑顔で笑う人なのだろうと 勝手に想像した。

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初めて “ 恋人 ” と言葉を交わした日のことを思い出す。

時々雲行きが怪しく 想像上に在る その笑顔が翳ろうような
そんな危うさが見て取れ、声を掛けずには居られなかった。
どんな言葉を最初に送ったのかは もう上手く思い出せない。
どんな形でもいいから、恋人に自分を認識してほしい
という 想いを持っていたように思う。
好かれたいだとか 嫌われないようになんて感情は二の次で、
そんなことはどうでも良かった。

私は恋人に言葉を送った。
まるで昔から相手を知っているかのような心構えで。
そして、ただ ただ シンプルに。

恋人からは、返信が有る時も有れば、無い時も有った。
それだけで十分だった。
私は私の世界の中に 恋人を手招くつもりはなく、
ただ単純に相手の世界を時々覗き込んで
どういうわけか高鳴る胸に手を当てて
生きていることに安堵したかったのだと思う。

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初めて “ 恋人 ” の声を聴いた日のことを思い出す。

きっかけは「お話してみませんか」
という相手からの言葉だった。

経験したことのない緊張感と 戸惑い…?
ううん、そうじゃなくて。なんていうか 高揚感。
今にも弾け飛んでしまいそうな あらゆる感情を
なんとか胸の内に押し込めながら 言葉を交わした。

恋人は、うっとりするような甘ったるい声で
 “ こんばんは ” と 言った。

その刹那、私は何故か少しだけ泣いた。
泣いた理由は 今でも分からないけれど、
単純に 神様からご褒美をもらったような気持でいっぱいだった。
勿論、恋人にはバレていない自信が有った。
電話越しだし、歩いていたし、
静かに 誰にも気づかれないように泣くよう心掛けていたから。

今でもね、
あの時の空や 風の冷たさを ちゃんと覚えていて、
思い出す度に ほんの少し心が震える。

心というものが 何処に有るのかなんて分からない。
それが胸の奥なのか、脳の端っこなのか、
或いは腹の底なのか、子宮の果てなのか。
上手く言葉に表せないけれど 何処かが温かくなる感覚がするし、
もしかすると 魔法が使えるようになって
色んなことが乗り越えられるようになるのではないかと思った。
ただの一度も 魔法など使えた試しが無いのに。
なんの根拠もなく「あぁ、私はこの人が好きだ」と思った。

恋人は恋人とお別れした後だった。
そして、自分自身を立て直そうともがいていた。
傷を負った獣は 眠り続けて その傷を回復するという。
必要なものは 誰かの中途半端な救いの糸で織りなされたガーゼではない。
私は単純に 恋人に元気を取り戻してほしかった。
出来ることは話を聞くことだけだった。

それから暫くの間、
私たちは殆ど毎日のように言葉を交わした。
恐らく たった数週間の間に何千、数か月の間に何十万という言葉を。
手段は テキストであったり 相手の声を聞きながらだったり etc。

知れば知るほど
自我が強く 自尊心が高く 誠実で 高潔な人だと思った。
ところが一方で どうしようもないくらい 自己肯定感が低く 繊細だった。
それでも 触れれば 壊れてしまうような 脆い人だったならば
多分私たちは 恋人同士になっていない。

私は恋人を守りたいと思った。
きれいごとではなくて ただシンプルに。
まずは 恋人の笑顔が見たかった。
何の取り柄も無い私なのに 笑わせられると思っていた。
カラっと晴れた日の夏のイメージが脳から離れない。
だからこそ、私の思うとびきりの笑顔を見せてほしかった。

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初めて “ 恋人 ” と会った日のことを思い出す。

会うことが決まっていた前日
恋人は 友人と 嘗て恋人だった人と出かけた。
そして夜、今から会えないかと電話が有った。
「元カノと会った後に、私に会いたいと言うのか」
そう思ったけど、それは言わなかった。
私は出かけていたし、どうしようもなかった。

恋人と会う当日
私は某ホテルで あらゆる打ち合わせを終えてから
ほんの僅かな時間だけ 妹と珈琲を飲み 心を落ち着けようと努力した。
そして、その後 友人の結婚式に参列した恋人を迎えに行った。

指定された場所に車を停めたことを知らせると
スーツ姿の恋人が歩いてきた。
そして車に乗り込み まるでもうずっと前から知っているかのように
とてもフランクに 屈託のない笑顔で 私に挨拶をした。

想像通りの人だった。

やっと脳の中に焼き付いて離れないイメージが
もっとはっきりと色を持った。
そう、カラっと晴れた日の夏のイメージ。
やっぱり私の思った通りの笑顔で笑う人だった。
オマケにとてもユーモアが有って おしゃべりで 頭の良い人だった。
私は 恥ずかしさのあまり、恋人の顔を見ることが出来なかった。
思い起こせば あの時、車を運転していて本当に良かったと思う。

私たちは車を預けて 海辺を散歩し
気に入りのRestaurantに向かい そこで初めての乾杯をした。
具体的にどんな話したのかは
Champagneの泡ごと飲み干してしまったから 忘れてしまった。

刹那毎の記憶を
缶詰か真空パックにできたら良いのにと思うことが有る。
だけど 特別な記憶は 薄ら何処かに有るくらいが
丁度いいのかもしれない。
その丁度よさが 沢山積み重なっていけばいいのかもしれない。
人はそれを幸せと呼ぶのかもしれない。

食事の後は そのまま別れる予定だったのに
結局 私たちは 部屋で飲み直すことにした。
私たちのおしゃべりは
夜の景色に溶け込んでしまいそうなくらい静かだった。

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宿泊したホテルの窓からは海が一望できた。
刹那 サヨナラの時のことを想像していた。
もう会ってはくれないのではないかと不安が過った。
それでも良かった。
私は 恋人が元気を取り戻す通過点で良いと思っていた。
そんなことよりも 私はこの特別な時間を
いつまでも忘れたくないと思っていた。

お酒に酔っているから
センチメンタルになっているだけ。

泣き虫は嫌い。
それなのに、泣きそうになって
おやすみなさいと告げて ベッドに潜り込んだ。

恋人は きっと戸惑っていた。戸惑いながら 私を抱いた。
どうしようもない切なさと
どうしようもない幸福感が同時に押し寄せた。
お互いを知らな過ぎる一方で
多分 お互いを求めていたのだと思う。
何が正解なのか分からなかったし
なんなら 全部が不正解でもよかった。

それから私たちは何度も会った。
紅葉の時期は逃したものの あらゆる場所に足を運んだ。
恋人はいつも 勝手に自由に歩いて行ってしまうけれど
時々思い出したかのようにクルりと振り向いて私の手を引いた。

恋人に出会うまでの私は、
誰を好きになっても 誰を愛しても
胸の内に宿った孤独からは逃れられないのだと思っていた。

いつもどこからともなくそれはやってきて
私の鼓動の音を大きくした。
初めは小さなノック、そして少し大きなノック、
遂にはものすごく大きなノックになり
孤独がやって来る度に 眠れない夜を迎えた。
実態があればいいのに、その実態はどこにも無くて
あぁまた来たと堪えながら眠れない夜を振り切るしかなかった。
( 断っておけば ここでいう眠れない夜とは不眠症のことではない。)

それなのに なんだろう 不思議な感覚。
恋人がどう思っていたのかは分からないけれど、
少なくとも恋人と居る私は孤独ではなかった。

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初めて“ 恋人 ”から
贈り物をもらった日のことを思い出す。

美味しいものを食べさせてあげたくて
私が手料理を用意した。
美味しいかどうかは分からないけれど
美味しいと言って喜んでくれた。

そういえば あの笑顔も好きだなと思う。
美味しいものを食べた時の頬がとても可愛い。
ぷくっとしていて 貴方の方が美味しそうだと言いたくなる。

恋人は照れ臭そうにプレゼントだよと言って 紙袋を差し出した。
それがどれほど高価なものであるかは
私だってちゃんと知っていた。
私は どんな顔をして喜べばいいのか分からなかった。
嬉しい一方で 悲しい気持ちになった。
なんとか「ありがとう」と言って 笑って見せた。

迷惑だったかなと恋人は戸惑った。
「ううん、だけど、どうして」
少し気まずい空気が流れた。
私は恋人からもらったものを身に着けて見せた。
私たちはまだ 恋人同士ではなかった。
お互いに 手を繋ぐか繋がまいか
どうするべきなのか暗がりの中を模索していた。

それから 数日後の寒い寒い夜のこと。
私たちは天体観測に出かけた。
予定していた場所にたどり着けなかった所為で
それは長いドライブになった。
道中 ウサギの親子に出会った。
真っ暗な山道をはしゃぎながら走った。
望遠鏡を持って行くなんて ナンセンス。
辿り着いた先で 自分の眼で 空を眺めて
あぁ、あれがあの星座だねと確認し合った。

ひとしきりはしゃいで、
すっかり深夜になり、恋人を家に送り届けた。
恋人は中々車を降りようとせず、大切な話があると切り出した。
あぁ、ここでお終いかと 何処かで覚悟していた。
というより 会う前から 決めていた。
どんな物語にも必ず終わりが来るのだから
もし 終わりだと言われたら
もし サヨナラを告げられたならば
明日からの日常が またMonochromeになるだけで
今なら傷つかないと思った。
それは仕方の無いことだし 受け入れるしかないのだと。

この日、恋人は
私と会う前に 嘗て恋人だった人と会っていた。
きっと、その人と元通りになるんだろうな。
その人と、元通りになって 笑って暮らせるようになってくれたら
それでいいと思った。
私は単純に“ 恋人 ”に元気になってほしかっただけだから。

恋人は 私の名前を呼んでから 静かに話し始めた。
淡々と 一生懸命 誠実に。
そして「お付き合いして下さい」 と言った。

私はその言葉に耳を疑った。
「折角 元気になったなら もっと色んな人と出会わなくていいの」
と尋ねた。

恋人の周りには 恋人を狙撃しようとする女の子たちが沢山いた。
みーんな虎視眈々と 恋人を狙っていたし
鈍感な恋人と違って 私にはそれがよく分かっていた。
だから広い世界をちゃんと見渡してほしかった。
もっと相応しい 素晴らしい人が居るかもしれないのに。
私を選ぶのは その後でもいいのに。
勿論 それは本心でそう思っていた。
元気になってほしかったし、幸せになってほしかったから。

恋人は笑った。
語弊があるかもしれないけれどと、前置きをして
すぐに大真面目な顔をした。
いつも恋が始まるとその恋に夢中になってしまう筈なのに
今回はそうではないと言った。
だけど、君が誰かに取られてしまったら困るから、と付け加えた。

私は言った。
今までの恋は貴方を盲目にしたせいで
終わってきてしまったのでしょう?
恋人は、まぁそうだねと頷く。
だったら 私たちは上手くいくと思うと 私は間髪入れずに答えた。

貴方は しっかり冷静に
あらゆることを考えて 私を選んでくれたから、と。
なるほど、そうかもしれないねと恋人は笑った。

「お付き合いしてくれますか?」
「はい」
「今日は帰したくないんだけど、いいのかな」
「はい」

そして、その日。出会いから3ヶ月の時を経て
私たちはやっと お互いの手を取り合い“恋人同士”になった。
そういえば恋人は そのあとも
嘗て恋人だった人を部屋に泊めていたんだ…っけ?

そんなことも有ったけれど
私たちは相変わらず恋人同士で とても幸せです。
そして、これが私と恋人の “ あらゆる初めて ”。

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