短編小説:ある青年が落札者の評価を「非常に悪い」にした理由

 ぼくはいつも休日は部屋から出ません。誰かと会う約束もないし、やらなければならないこともないからです。うたた寝をして起きたら夕方だった時のあの感覚はなんといえばいいのでしょう。敗北感、というのでしょうか。

 今日は休日でした。うたた寝をし、目を覚ますと外はすっかり夕方です。ぼくは何のために生きているのだろう。そんなことをふと思いました。

 スマートフォンを開くと、かねてからネットオークションに出品していた商品が落札されていました。

 こんなことを言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、なんとなく自分の存在が確かめられたようで嬉しい気持ちになりました。

 落札者から支払い完了の知らせを受けたので早速発送手続きを済ますために梱包した商品を持って近くのコンビニに行きました。目的のある外出っていつ振りだろうか。スーパーに食材を買いに行く以外で。

 空気を入れた途端から空気が抜け出す折りたたみ式自転車をこいでコンビニに向かいます。ぼくのスピードは遅いのに、うしろからやってきた自転車はいつまでもぼくを追い抜こうとしません。ぼくのからだは妙に熱を帯びて、どういうわけかたまらない気持ちになります。なのでその場に立ち止まって後方の自転車をやりすごしました。

 住宅地の道路には、これからなわとびの練習をしようと、小学3年生くらいの女の子がからまったなわをほどこうとしていました。寒い季節になると小学校の体育の時間ではなわとびが始まります。そうすると公園や道端などでなわとびをやる子供の姿が増えてきます。ぼくは「もうすぐ冬なのか」と思いました。


 しばらくしてコンビニに着きました。中に入ると、30代の女性が発送手続きをする機械を使用していました。すぐ後ろで待つのもなんだし、1、2分で終わるだろうと思ったので、ぼくは外で待つことにしました。しかし、5分たっても、10分たっても、その女性はずっと機械を使用しています。ぼくは「いつまでかかっているんだ!」と思いました。ネットの地図で調べると、ここからちょっと行った先に別のコンビニがあることが分かったのでそこに向かおうと思いました。

 自転車をこぎ出し、ふともう一度コンビニの中をのぞくと機械の前には誰もいませんでした。「アアッ、イライラするなあ!」と思いました。その場に自転車を止めて、コンビニの中に入りました。そして機械の前にいきました。機械の使用は1分もかからず終わりました。「あの女は何やってたんだ!」と思いました。

 機械から出てきた処理票と発送する商品を持ってレジに並びました。前の客が1個100円のパンを2個買いました。「200円になります」と中年女性の店員が言いました。前の客が100円玉2枚をレジに置いてスタスタ立ち去ります。その背中に向かって店員が「レシートはいらないんですかー?」ときいていました。客はそのままコンビニを出ました。

 次はぼくの番です。店員に処理票と商品を渡しました。それで発送手続きを済ませたあと、店員が「ありがとうございました」と言いました。ぼくは「レシートは?」とききました。「え?」「いや、レシート」「あ、はい」とその店員はゴミ箱に捨てたレシートを差し出しました。「あのさ」「え、はい」「さっきの客にはレシートいるかきいたのに、なんでおれにはきかなかったの?」「えっ?」「おかしくねえか? 明らかにレシートいらない客にはきいてよ、なんでレシートいるおれにはきかないの?」「あの、すみません、後ろで待っておられるお客様もいますので」と店員が言いました。その言葉にぼくは腹を立てました。「知るかよ! おれはよ、てめえがいい加減な仕事やってるからそれはなんでかってきいてるんだよ!」ぼくは店内に響き渡る声でどなりました。その後、その店員と店長をその場に土下座させて、ぼくはそのコンビニを後にしました。


 自転車をこいで帰っていると、行きしに見かけたなわとびの少女が二重跳びに挑戦していました。しかしその子は何度やっても二回連続で跳ぶことが出来ません。ぼくはその子に近づいて「貸してごらん」と手を差しのべました。「二重跳びの跳び方を教えてあげる」その子はとても困った表情を浮かべていましたが、ぼくはむりやりその子からなわを奪い取りました。「いいかい、腕を速く回すことを意識するんだよ。高く跳ぶ必要はないからね。今からお手本を見せてあげる」そう言ってぼくはピンク色のなわを握りしめて跳びました。しかし子供の頃は何十回と跳べたはずなのに、いまやってみると1回も跳べませんでした。「あれ、おかしいな」「あれ、もう一回」「あれ」「あれれ」ぼくはいよいよ腹が立ってなわの持ち手をふんづけました。プラスチックのなわの持ち手は粉々に割れました。「このなわじゃあ二重跳びはできないね。新しいのを買ってもらいなさい」ぼくはそう言い捨てて、その場を離れました。女の子は泣いていました。

 ぼくは再び自転車をこぎました。けれども、なんだかペダルが重たい感じです。どうしてだろうと思ってすぐに、タイヤの空気が完全に抜けていることに気づきました。その瞬間、ぼくのイライラが募りに募って「なんで、こうも! なんで、こうも!」と泣きたい気持ちでいっぱいになりました。

 ぼくはスマートフォンを開いて、落札者に発送完了の連絡をしました。それからその落札者を評価するページにとび、「非常に悪い」という評価をつけました。その理由として「あなたのせいで私の休日はめちゃくちゃになりました。どうしてくれるんですか?」と書き込みました。