みず 、 の ね



                    

きく 、 手のひらを滑る 透明な迸りに 
耳をつける 
冷たく 潤されていく その距離に 
わたしは わたしを測る
とても染まりやすいものだから と
そして今日も残る
耳朶、その奥の せせらぎ

 けさ 朝顔の種をまきました

ひとは、つみをおかすものだから
そのつみを みずにながして、しまえばいい
ながされたみずの ゆきさきに
たとえば あなたとあなたのこどもがいて
みず に薄らいだその上澄みを 
くみあげて そそいで 飲み込んで、しまえばいい
目をつむり
顔を 洗います
それでも忘れられない記憶 その暗闇が 
まぶたの内側に 溢れだしたとしても
みずは透明でいられますか かわることなく
そうやって 生きていられます
か?

訊く 、 
はい、生きております 避難してまいりました
見知らぬ空は
たくさんのしずくを織り込んで重く
もしかしすると 
わたしの足は まだ浸ったままです
はい、いきております いきております
風景に覆いかぶさっていく みずの、ね 
ねえ、
片仮名に言い換えられてしまった フルサトの
祈りはまだ続いていますか
染色された画面から溢れる まことしやかな言葉が
祈りにすり替えられて いませんか
春が来て夏が来て それでも 毎年同じように
のどが渇いてしまうのは
あなたは いま 幸せですか
という問いかけが
どうにもうまく 飲み込めないからです

( 、  した 、   、        、と ) 
背中にしたたり落ちるおと
重すぎて 冷たすぎて

みず からの 逃走が せせらいで
せせらぎはやがて 轟音となって
わたしの足を さらい続けます 
わたしの血液は あの日の海の色に 染まったままで
偽りの太陽は まだ背中を照らして 
影を前に伸ばしているのです
いま この瞬間にも 絶え間なく海に流れ落ちる
無数の なき 声が耳の内側に残響する それでも
幸せです
と言わなければならなかった
こうふくなんです と
笑顔で 何度も 言わなければならなかった
わたしは わたしだけの悲しみにしか 浸せない から
そのみず を どうか 汲んでください

 朝顔に水をやりましょう
 ここの土はあの記憶を持たない土です
 たっぷりと 色をかえるまで 潤してください 
 かわいい双葉から 左巻き つるを伸ばして
 掴まる 支えは見つかるのでしょうか
 やがて露が暗闇をはらい 朝を呼んだら
 透明な みずの、ね に耳を澄まし
 ああ、今 
 頬の上を滑り わたしを測り 落ちたものは 
 罪でありましょうか
 祈りでありましょうか
 色もわからない小さなそれが川をゆき海に流れ込んで
 だれかの喉をうるおし そしてその時間は歴史となり
 朝顔は あたらしい命は
 やがて蕾をつけることでしょう 
 花を 咲かせることでしょう
 本物の太陽の祝福を受けながら
 だから
 
掬 、 みずの、ね の
透明な未来を どうか
幸福ですと、   、         、   。



(詩集「そして彼女はいった---風が邪魔した」収録。2014年、新潟へ避難していた被災者へのボランティア活動を経て、感じた事を詩にしました)




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