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フルーツサンドの天使、あるいは⑩

 3人の時間はすぐに過ぎた。軽く飲んで帰るつもりが、日をまたいでのお開きとなった。飲みすぎてつぶれた宮島を居酒屋から担ぎ出し、待っていたタクシーに詰め込んだ。

 「さて、どうしよう、岡崎さんは中野方面だっけ?」
 「先輩…、ちょっと、私気分が悪いかも。」
 岡崎さんはふらふらとしゃがみこんだ。顔が明らかに青白くなっているのがわかった。そういえば、彼女は酒に弱いといっていたが、今日は結構飲んでいた。
 とりあえず、運転手に宮島の家を説明して先に行かせ、彼女を近くのベンチに誘導した。無理してたんだな。気分が悪いのに宮島の介抱を手伝わせたのを後悔した。

 「大丈夫?今水持ってくるから」
 そばにあった自販機で水を買い、彼女に渡す。背中をさすると少し落ち着いてきたようで、呼吸が穏やかになってきた。
 「気付かなくてごめんね。」
 「大丈夫です。私こそ、ごめんなさい。」
 顔をうなだれ、申し訳なさそうに小さくなっている。いつもは元気な岡崎さんがしゅんとしている様子は、昔家で飼っていた柴犬が、怒られて小さくなっているときに似ていて、可愛かった。

 「岡崎さん、お酒苦手なのに、俺たちに合わせてたくさん飲んじゃったんだね」
「いえ、今日は飲みたかったんです。なんか、いろんなことがうまくいかなくて。仕事も人間関係も」
 うなずき、促すように黙っていると、彼女は話し始めた。
「私、何でも言いたいこと言うキャラに見られることが多いんですけど、実は、かなり周りに気を使うし、小さいことも気にしちゃうタイプで」
「うん、わかるよ。岡崎さんいつもみんなの様子を良く見て、場を明るくしようと話してるでしょ?」
「明るくしようとしてるというか、険悪なのとか、空気悪いの耐えられなくて。つい元気に振舞って、うざがられちゃうんです。男の人とか、上司とかにも気にせず同じノリで話してしまって、中には、そういうの嫌な人もいるみたいで…。」
「何か言われたの?」
「この前、同じグループの先輩が給湯室で話してるの聞いちゃったんです。岡崎は、男好きだって。あからさまでうけるって。」
「なにそれ、ひどい。岡崎さん、男性にだけ話しかけるわけじゃないじゃん」
「本当に普通に話しているつもりだったのに…。」
 彼女はこんなときも体に力を入れてぐっとこらえ、涙を流さないよう我慢しているようだった。

 「ごめんなさい、悪口みたいになっちゃった。まあ、そんなの、女性社員あるあるですよね。しんみりしちゃってすみません。」
 無理やり頬骨を引き上げたような笑顔をつくってみせたが、顔をしかめているようにしか見えない。本当に下手くそな笑顔だった。
 
 そっと彼女の頭を抱き寄せる。
はるかよりも大きく、抱き応えのあるその肩は震えていた。
押し返されると思ったが、彼女は体の力を抜き僕の胸に体重をゆだねた。声を出すことなく泣いていた。自分が誰かを慰めることがあるということが、こそばゆかったが心地よかった。彼女の痛みを消し去りたい。それが出来るのは自分だという優越感は、焼酎以上に胸を高揚させた。

 それから僕らは言葉を交わすことなくタクシーに乗り、そのまま彼女の家にたどり着いた。お互いにやっとつなぐことのできた手を離すことができず、そのまま一夜をともにした。
                            ―つづく―

※画像は猫野サラ様の作品を使用させていただきました。素敵なイラストをありがとうございます。

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