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映画『偶然と想像』〜静けさの中のドラマ〜


映画『偶然と想像』を鑑賞。

衝撃の『寝ても覚めても』、感動の『ドライブ・マイ・カー』を観てその独特の世界観の虜になった濱口竜介監督初の短編集。
ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞し、12月17日からついに日本でも公開となったため、すぐに観に行った。

渋谷のル・シネマを訪れると、目の肥えていそうな観客で埋め尽くされていた。劇場ロビーには銀熊賞のトロフィーや海外版ポスターも飾られており、いやでも期待値が上がる。


ありそうでなさそうな"偶然"と豊かな"想像"


映画や小説の中でなくとも、
「こんなことってある!?」
という出来事は日常の中に存在する。

思いがけないところで友人同士が繋がり世間は狭いなと思ったり、些細なきっかけで人生が大きく転換したり、会ったばかりの人に突然心を奪われたり。

そんな、なさそうでありそう、ありそうだけどありえない"偶然"、それを受けての登場人物の豊かな"想像"をテーマに、3つの物語が展開される。

濱口監督だから変な映画なんだろうなと思っていたら、ものすごく変で最高だった。



『寝ても覚めても』では小さな違和感を覚えた程度だったが、『ドライブ・マイ・カー』ではっきりしたのは、濱口監督の唯一無二の演出方法と演劇的な台詞回しだ。

まず演出については、その魅力を三点挙げたい。


演出の魅力①「感情を込めないこと」の誠実さ

一点目に、監督はできる限り感情を排除し、淡々と台詞を声に出す演技法を重視している。ある意味役者にとっては非常に酷な難技である。

たしかに驚くほどの棒読みなのだが、かえって過剰な抑揚がついた言い方よりもすんなりと台詞が心の深くに入りこんでくるから不思議だ。
フラットな発話だからこそ、観客が人物の感情を自分なりに想像して補完する余地を残してくれているとも感じる。

そして、淡々とした口調のまま突発的に発せられるシュールな笑いには、ものすごい爆発力がある。客席がどっかんどっかんウケる度、なんて高度な笑いなんだ!と感動した。


演出の魅力②車という魔の空間

二点目に、場面設定に"走る車両"を多用することだ。
『ドライブ・マイ・カー』でも言及したように、窓の外を流れる景色を眺めながらポツポツと語る話は、必ずと言っていいほど核心を突くものなのだ。実際に車を走らせながらの撮影は裏方を考えると色々と面倒な点が多いはずだが、非常に有効的に使われている。

『ドライブ〜』の時は個人の車という密室でのプライベートなやりとりだったが、今回の映画では、タクシーやバスが使われた。公共交通機関という第三者の目がある中でのディープな応酬は、見ているこちらもヒリヒリするようなスリルがあるのがまた面白い。


演出の魅力③空気を留める

三点目は、長回しだ。
台本にして数十ページはありそうな、10分以上の長回しである。役者が少し噛んだりどもったりしても構わず続ける。近年流行りのワンカット撮影の効果は言うまでもないことだが、当然ながら画面の切り替わりがなく役者のテンションも持続するため、観客も安心して物語に没入し、話の内容に集中できる。

基本的に場面が固定され、動きのない無機質で狭い空間の中で2人の人間による淡々とした会話劇が繰り広げられるため、空気がその場に留まり続ける緊張感がある。実に演劇的手法だと思う。


脚本と台詞の魅力 

次に、脚本について。
まるでアドリブで喋っているかのような自然な口調でありながら、同時にとても演劇的であり、全てが緻密に計算され折り重なっている精巧な脚本だと思う。

どうしてそこでそんな発想になる!?
なぜそこでそんな言葉を!?
それってどんな感情!?
今言っているのは嘘?本当?
と、訳の分からない台詞のオンパレードに観客は振り回される。

しかし、まるで歌うようにリズム良くぽんぽんと会話が連なっていくため、戸惑いながらもとりあえず先に進むしかない。

そんな中、突如芯をつく名台詞が飛び出し、何の心の準備もできぬままグサッと刺される。



自分への好意を示し続けてくれた相手が離れていくことへの怒りは、単なる執着なのか、激しい恋慕なのか分からなくなる感情。

間違っていると分かっていても自分を変えられないという諦め。他人と感じ方が違うことに大きなコンプレックスを感じ、誰かに肯定してほしいと切望する感情。

過去を後悔してもどうにもならずどうにかする気もないけれど、心に埋められない穴が空いていることへの共感だけを求める感情。

そういう、名前や形のない思いを吐露する女性達にどうしようもなく共鳴する瞬間が何度もあった。
そして最後はどれも心がぽっと温められるような終わり方で、やっと少しほっとする。

登場人物達の感情がぐわっと動く瞬間に、思いもよらない粗雑なカメラワークが差し込まれて激しく面食らう。でも、形式に囚われない自由な遊び心がまた何とも味わい深い。



劇場パンフレットは、パンフレットというよりもちょっとした専門書のような内容の濃さで、監督が氏と仰ぐエリック・ロメールについての対談や、映画制作にあたっての様々な思惑が語られており、非常に読み応えがあった。

今やゴールデングローブ賞を受賞し、オスカー受賞も夢ではなくなってきた飛ぶ鳥を落とす勢いの濱口監督。

映画を、人を心から愛し、日本の商業映画の枠を超えた自由で柔軟でより芸術的な発想で、世界中の映画ファンを虜にしていくだろう。

今後も目が離せない。

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