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【ターミナルライフ】はじまり

突然、医師に告げられた父の『終末期』。

それは本当に突然だった。
そもそもは5月に発見された食道がん。ステージはⅣ。リンパ節まで広範囲に転移している、との事だった。

3か月に及ぶ抗がん剤と放射線による化学療法。
副作用として食欲も落ちていた。また依然患った脳出血のせいか、認知も目に見えて落ちている。

それでもなお、治療後は腫瘍も小さくなり「限られた命」をどのように過ごしていくのだろう、どのように父と接するのだろうと漫然と考えていた。
その矢先だった。

急性期病院で予定されていた治療を終え、次のステップに移る際、私は「リハビリ病院への転院」を願った。

3か月に及ぶ化学療法は、当然父の筋力を奪っており認知も落ちている。
願わくば筋力のリハビリだけでなく、言語聴覚士によるリハビリも行えば、少しは認知も回復するのでは、という期待もあった。

7年前に父が脳出血を患った際、セットのように「リハビリ病院」が「付いていた」
脳出血後は身体的な不具合も生じるので当然の処置であった。父も左視床下部からの出血で右の手足にまひが残り、当初は車いすを用いたリハビリが必要だった。

「杖を用いて歩けるようになったら奇跡だ」と急性期病院で告げられたが、その後の脅威の筋力と回復力で4点杖をついて歩けるまでに父は回復したのだった。

そのリハビリでお世話になった「リハビリ病院」
今回も「良くなって」家に帰るイメージしかなった。

それなのに。


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