『コーダあいのうた』感想。 コミュニケーションの文化の違い
こんにちは。
今日は、昨日見た映画の感想を書かせていただきます。
映画は「コーダあいのうた」。
コーダとは”Children of Deaf Adults”(耳の聴こえない親を持つ子ども)という意味。私自身、この言葉の存在すら知らなくて。この類の問題について、全然知らないことばかりだなと反省しました。。。(最近、ヤングケアラーについてテレビで特集されているのを見る機会が多いですが。)
【あらすじ】
主人公は、耳が聞こえない家族の中で唯一の健聴者であるルビー。
家族は全員耳が聴こえないので、日常生活での通訳はもちろん、学校へ行く前に父親の漁の仕事でも一緒に乗船して、漁の手伝いをしてから学校行っていた。
ルビーは、同じ学校のマイルズ(気になる男の子)が合唱部に入部することを知り、同じく合唱部に入部する。しかし、コーダであることから、学校へ行き始めたころは「喋り方が変」と周りからバカにされ、自分の声に自信がなかったが、先生のレッスンを受け始めたことをきっかけに自分の才能に気づき始めて、、、という感じのヒューマンドラマです。
【感想】
障がいをもつ人たちに関する内容だったので、勝手に重い内容だとばかり思っていたら、かなり手話下ネタ(?)がぶっ飛んでて笑。というか、両親がかなりパワフル笑 劇場からは、笑い声が聴こえる時もありました。
私的に印象に残ったシーンは、ルビーの合唱クラブのコンサートが終わってから家に帰った後、歌声を聴くことが出来なかったが、歌っているルビーの首を触ることで”声を発している”のを感じていたところ。このシーンを観ているときは、泣きすぎてマスクの中でプチ洪水が起きました。何より、ルビーの歌声と演者の演技に吸い込まれるように見入ってしまいました。
まずこの映画を見て驚いたのは、言葉を使わなくても表情だけで感情がここまで伝わってくるものなのかと。面白いのが、外国と日本ってコミュニケーションの取り方って180℃違くて、外国では言語コミュニケーションを通して人と人が関わりあっていて、楽しいときは見知らぬ人とでも楽しさを分かちあい、口でコミュニケーションをとります。
それと比べて、日本人は表情で他人の感情を読みとったり、怒りだとか悲しみとか喜怒哀楽を感情で表す人ほど子どもっぽいと思われやすく、感情を自主規制しなければならないという訓練がされていますよね。(いわゆる目で会話をするということ。)これは、そもそもコミュニケーションの文化に違いがあるらしく。。。
初めて知りました。
この映画をもし日本人が演じたら、捉え方はまた違うんだろうなあ。
言葉で気持ちを伝えることはすっごく素晴らしいことだし、言われた方もうれしい気持ちになると思うんだけどな~。私も、曖昧な表現ばかりして、直接的なことを言うのは避けてしまいますが、、、。気持ちを伝えたい相手にはなるべく直接言うようにはしています。恥ずかしいときは手紙を書いたりしていますが笑。
(私が洋画を好きな理由って、普段味わうことができないハートフルな気持ちになるからかもしれない!!!)
話の観点が少しずれてしまいましたが、、、とても素晴らしい映画だったので観に行ける方はぜひ観てみてください( ˘ω˘ )
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