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30代リセットしてよかったこと


私自身、YouTube、Instagramで発信活動をしているのですが、
ここ最近、自分の発信における「内側から湧く好き」という感覚がどこか遠くへ消えてしまっているように感じていました。

そこで、あえて「人に見てもらう」という感覚をリセットすることにしました。

誰にも見られないけど、黙々とお菓子を作ったり、料理したり、一眼レフで写真を撮ったり。好きだから作るし好きだから撮る。「見てもらう前提で動かない」という事を連日続けた結果・・本来あった人間的感覚がようやく身体に帰ってきた気がしています。

この記事も、誰かに見てもらう為ではなく、自分の脳内整理で・・書くことが好き、内省してまとめることが好き、自分の中の満足感。という感覚でなるべく書きます。(普段も内省や情報整理はnoteでしてます非公開で)

「自分が本当に好きなことをやって人に見てもらうのか、人に見てもらえるから好きなのか。これがとんでもなく違うという認識を持つ」

自分の大切なものを見失わない、見失ったら取り戻す。点と点が線になった、数ヶ月をまとめていきます。

まず最近、料理とお菓子作りがめちゃくちゃ楽しい。
(ここ数年、なんて頭を酷使する作業なんだ・・という感覚でいっぱいだった。今思うと、発信する前提があるからだった)
でも今は全てが自分の中の「実験」という感覚があって、失敗しても、実験だから「なるほど!」という学びになって、実験したいからまた次を試す。本を読む。もちろんゴールは味。「自分と大切な人が喜んでくれたらいい。」ただそれだけ。自分の感覚がゴール。

報酬で動く人間

以前試聴した「子育てメソッド」星友啓さん(スタンフォードオンラインハイスクール校長/哲学博士)の動画内容を思い出した。

子供は内発的に「勉強がしたい!楽しい!」みたいな感覚を持っているのにもかかわらず、大人が「良い点を取ったらご褒美をあげる」などをして外発的な動機付けをしていく内に、内発的なやりがいがわからなくなり、外発的な報酬でしか動けなくなる。・・という話。

それ自体が完全に悪い事という訳ではなく、
「人間ってこれからの未来も、わかりやすいものに引っ張られるよね」という認識を持っておくことが大事なんだと感じている。

さらに最近、これいい〜!と繋がった投稿があった。

分かりやすいものに流される人間

https://twitter.com/UGMD/status/1762631062612754664

人間は「見えてるもの」に引っ張られます。 例えば数字にできるものと、数字にできないものだと、大体、数字にできないものの方が大切なのに、つい、数字にできるものを大切にしてしまいます。「お金」と「こころ」だと、目に見えて、かつ数えられるので、ついお金の方を優先してしまいます。 そんな中でも、数字にできない、本当に僕らにとって大切なものを大切にするには、
目に見えないものの方をむしろ大切にすると決める
❷ 目に見えないものを無理矢理数字にしてみる のどちらかをやると良さそうです。

特に僕は❷をやる事で、大事なことが負けないように頑張れと思ってます、例えば自分のご機嫌値を気温のように数字にしたら、段々それが凄く大事なもののように思えてきます笑

SHOWROOM社長前田さんのX

「ご機嫌をあえて数値にすることで大事に感じてくる」といった発想の転換、いいかも。確かに、私のようなタイプはその方がいいのかもしれない。

メモ:「わかりにくいもの・わかりやすいもの」を自分の中で改めて分類する。

分かりにくいものを評価する方法

ご機嫌の関連で思い出したのですが、私はここ最近「気分を記録するアプリ」を使っています。

まず最初に気分を5段階評価(最高・良い・普通・悪い・最低)するんです。その後に、どんな出来事があったのかを記入するんです。
(今後はこの気分とやらを数字で捉えてみることにします)

私の場合、ほぼ毎日「普通」。良く言えば安定しているのかな?

ただ、数ヶ月に1回、気分を「悪い」にしている日があるんです。
見返してみると、気分の悪い日は毎回同じシチュエーションであることが分かりました。
特定の人に感じる不快感でもなく、嫌な事を言われた訳でもなく、場所の問題でも天気の問題でもなく、「とあるシチュエーション」で気分が悪くなるという発見がありました。(誰が悪いとかではなく自分の問題なのでここでは書きません・・)
つまり、分かりやすい嫌な出来事ではないからこそ、大切に扱わなければですね。

この把握があると、同じシーンは繰り返さない、もしくは気分が下がる覚悟ができる。自分をメタ認知できるので感情のコントロールが楽になる。そんなアプリだなと。毎日書くのは大変なので、今は「感情が普通以外の時」に記入するようにしています。

まとめ

私自身「作ること・写真を撮ること」が好き。それに対する自分の評価軸が「効率だったり、味だったり、硬さだったり、自分的に良いなっていう、周りからは見えないし分かりにくい自分だけの感覚」がまず大前提にある。

のちに、人に見られて評価されて、あーだこーだ言われるかもしれないし、何も言われないかもしれないけど、それでもまず先に「自分的に良いな」と思えるかどうかが重要なんだということ。

この評価軸が「他人に褒められるとか他人に正しいと言われるとか再生数とか保存数とか」そういうものが優先になった場合、内発的なエネルギーはどんどんと失われ、操り人形になっていくんだなと。
とはいえ、他人からの評価もこの世を生き抜くには非常に重要であることは忘れてはいけない。バランスが大事ということ。意識して生きるということ。難しいなってことです。

そんな事を考えた2月でした。

また考え方は変わるし、気付きも日々増えるし、ひとまず1つ成長です。


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