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ニューメキシコの青(中編): ニューメキシコの空は蒼かった

思いがけず、発作、発作、発作

ニューメキシコの空は、くらくらするほど青いのです。なぜだか青よりも青いのです。アルバカーキの町では大規模な気球フェスティバルが定期的に開催されているそうで、もしかすると極めて風が安定しているとか、雲が発生しづらいとか、そういう気候的な由来がちゃんとあるのかもしれません。知らんけど。

ちなみにだけど、墜落したUFOが米軍に回収されたとかいうロズウェル事件(ご興味ある方はwikiってみてください)もまたニューメキシコだったりして、なるほどたしかに何かが空から降ってきてもおかしくなさそげな荒涼っぷりもまた、この空の青さを引き立てているのかもしれません。知らんけど。

ともあれこの宇宙とひと続きのニューメキシコの青こそが、ここ数ヶ月悩み続けてきた捉えどころのない動悸や切迫感や、ふいに沸き起こる突飛で破滅的な思考を根こそぎ吸い上げて溶かしてくれるはずでした。

道にて。車を止めてまで写真を撮りたくなる青

が。期待とは裏腹に、もう、とにかくぜんぜん眠れない。朝から晩まで運転して身体はうんと疲れているのに、モーテルの部屋にぽつねんとなると、次第にそわそわ落ち着かなくなってきて。そのくせ来る日も来る日も一日中ちゃんと眠いのだから、それはもう、あからさまに交感神経と副交感神経がごっちゃごちゃになっていたのでした。ぴえん(古)。

もちろん日中にも発作はやってくるわけで。例えばスーパーなんかを物色していると、ふと謎のもの恐ろしさに襲われることが何度もあって。そのたびに駐車場に逃げ戻っては、落ち着くまでしばらく車の中で身を固くせざるをえなかったりして。

思えば、旅行前には発作といってもほとんど乗り物(主に電車)に乗ったときだけだったのです。それがこの旅で、モーテルの部屋やらスーパーの中やら、私がむしろ旅の醍醐味だとさえ思っているようなタイミングで、思いがけない発作を何度も何度も体験していました。

ニューメキシコのスーパーはチリやサルサが豊富

癒されもせず、だけど乾きもせず

ところで、アメリカの大陸各地には今もネイティブアメリカンの居留地が点在していて、それを巡る政府との抗争の歴史はさておき、ニューメキシコ近辺にもまた、大小さまざまの部族が生活しています。

この旅で私は、世界遺産にも登録されているタオス居留地や、テーブル大地の上の”天空都市”アコマ居留地を訪ねたのだけど、そのいずれもが、やっぱり深い青空とともにありました。

アコマから大地を望む
アコマの日干しレンガの家、空にかかるはしご

水みたいな青のグラデーション。道のない赤い大地。荒野の小さな村は空に抱かれてますます小さく、それでも青と赤のコントラストがドキッとするほどの存在感で。この景色を見ているときに限っては、正体不明の恐怖はやって来ませんでした。

ぼうっと眺めていると、決して”思考”には至らない”感情”が溢れてくるのです。それもけっこう単純な部類のやつ。夜は星の海なんだろな。寒いのかな。怖そうだな。美しいな。でも悲しいな。甚だ混じり気のない感情に満たされたおかげで、その時に限っては恐怖だとか不安だとかの入り込む隙が無かったんでしょうね。きっとそうだろうと思います。ネイティブアメリカンの土地には、そういうシンプルなパワーがあるのです。一面の夜景だとか山頂からの雲海だとか、そういうパノラミックな光景を見ると、おおーってなるじゃないですか。思考が飛んで、ただすげーとしか言えなくなるみたいな。そういう類の、パワー。

思考を止めるというのは実はなかなかの難題で、でもそれこそが癒しの根源みたいなところもあって、例えば瞑想修行やマインドフルネスってそのためのものだったりもして。自己努力の末にようやく辿り着ける境地のような印象があるので、だからこそいわゆる絶景というやつはありがたいと思うのです。ただそこに佇むだけで、瞬時に語彙力がぶっ飛んでしまう、圧倒的な景色。

ネイティブアメリカンの土地にもまた、言葉で説明しようにもできないシンプルで潔い自然美があって、そしてそういう場所に神がいるのだという口伝えがあって。たぶん彼らには、思考が止まることのありがたみが概念として根付いているんだろうなと思います。そういう意味での聖地なんだろうなと。たぶん、たぶんね。私の想像なのだけれど。

ナバホの聖地の一つ、スパイダー・ロック(アリゾナ)

この旅から帰国して、実際には旅行前よりも症状は悪化して、そこでようやくメンタルクリニックでパニック症だと診断されるに至るわけですが、ニューメキシコの青と、荒野の岩々の孤高たる美しさはやっぱりどうしても好きで、結局1年後にもう一度アメリカ南西部を訪れることになります。その時は曝露療法も兼ねて。まあ、その話はまた改めるとして。

この時、まだこの時点では旅程を半分終えたぐらい。次はアリゾナ州セドナに向かうべく、空路でラスベガスに飛びました。日本からの友人と合流してロードトリップをする予定だったのです。相変わらず眠れない日々で、疲れはピークを横ばい状態。気持ちがガサガサに毛羽立っていたせいか、いよいよ友人とケンカしまうことになるのだけど、この話はまた次回に。(つづく)

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