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写真の扉_photo

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映画の路地を歩いていると、思わぬ所で写真に遭遇することがあります。 それは、ミシンと蝙蝠傘の不意の出逢いのように美しいのです。
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記事一覧

【写真評】 小野規 《周縁からのフィールドワーク》 周縁からの視線・スタディーズ、パリ

行きつけの珈琲店のマスターから、パートナーが6月にパリに行くのでオススメのスポットを教えてくれないかと尋ねられた。パリについてとりわけ詳しいというわけではないけれど、都合、半年余り滞在したことがあるから、ガイドブックにはない『パリ観光雑記』を書き、渡すことにした。 鉄道のターミナル駅、魅力的な通り、パッサージュ、地下鉄の特別な区間、ガレットの美味しい店、etc。そして、はめてのパリ観光にオススメしていいのかは判断に苦しむけれど、現代の世界を象徴するパリ周縁、つまり、空港から

【写真】 パリのスタディ、あるいはイメージ(考)

パソコンのフレーム上に現れるデジタルのレイヤーではなく、映り込むというアナログのレイヤー。 ショーウインドーのガラスにいく層にも映り込んだ都市の光景のレイヤー。その光景は物質としての存在ではなく光としての存在。ガラスに映り込むことで生まれる触れることのできない層からなるレイヤー都市。それは、重力や質量から解放させながらも、決して幻でも空虚でもない、都市のリアルな光景なのである。 テクスト《パリのスタディ》は写真の後にあります。 《パリのスタディ》 〜レイヤーとしての層では

【エッセイ】 ことばの匂い、写真家・エッセイスト武田花

ことばの記憶というものはあるものだ。 ことばの記憶といっても、単語を覚えているとか、フレーズを覚えているとか、そういうことではない。文章の持つ特有の流れや著者の息づかい、文脈の醸し出す匂いや湿気や空気感。そんなことが朧げな記憶として自分の身体に付着しているということである。 武田花のフォトエッセイ集を読んでいて、ことばの記憶、と口をついた。 武田花は1990年、『眠そうな町』で第15回木村伊兵衛賞を受賞した写真家、エッセイストである。 彼女の写真集『眠そうな町』を見たくな

【写真】 《サンプリング、レイヤー》によるモアレ

 京都の観光用の粗い地図(わたしが居住する碁盤の目の単純な地図)をパソコンにとり込み数センチ部分をサンプリング。  それをさまざまな解像度に変換しレイヤーとして幾層にも重ねる。 するとレイアー映像が干渉し合いモアレのような映像が浮かび上がる。 元の映像にはない、ズレによる新しいイメージの浮上。  スティーヴ・ライヒのミニマルミュージック、2台のピアノのための『ピアノ・フェーズ Piano Phase』(1967)(*参照)からインスピレーションを受けて制作。  このシリーズ

【写真】写真《Mt.Elizavest 2002》シリーズ

港に積み上げられた土木・建築資材としての砂山。それを「山のジオラマ」と仮構して撮影。数時間後には形を変える架空の山 Mt.Elizavest。スケール感、距離感、遠近の知覚が揺らぎます。 Mt.Elizavestは、 秀峰〈Everest〉+女性名〈Elizabeth〉 二語 の造語です。 (2002年、個展のプレスリリースより)  感動的なシーンを頭の中で反復することがある。  上空、のびやかに浮かんだ雲を地上からフィックスでカメラがとらえる。そこに左から右上方に航空機