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やっぱり私は出したいのかもしれない

こんにちは、まなみです。
久しぶりにnoteを開いてみたら、いろいろ機能が新しくなっていて驚きました。

随分と長い間更新してなかったのだなぁと。

ただここのところ、またnote熱がやってきていて…それは「伝えたい」というよりも「書きたい」、もっと言うと「出したい」という想いが一番強いことが分かりました。

「伝えたいことがないんだもの、そりゃ書けるはずないわ」

もう1年以上前になるでしょうか、noteの更新頻度が落ち始めた頃だったと思います、ある方からそんな風に言われたことがありました。

今思えば、それをきっかけに「伝えたいことがないのに、書いてはいけない(公の場に自分の言葉を残しちゃいけない)」という、よく分からない脳内変換が起きていて、私の手は少しずつ止まっていったように思います。

それでも、Instagramなどの更新はしていました。比較的投稿する習慣があったInstagramやFacebookは私にとって、気軽な「出すツール」だったのかなと思います。つまり、noteが止まっただけで、私の「出したい」欲の向く先が変わっただけだったんです。

出したいなら出せばいい


なんとなくその欲求に身を委ね、流れに任せて、また私の取るに足らない日常のあれこれを、言葉に残していきたいなと思いました。

私個人の見解ですが、日記やジャーナリングのような感じで、出すことで今日を丁寧に終えることができます。出すことで、また明日のたわいもない日常がより豊かで愛おしく感じられるような気がするのです。

最近のnoteは、みなさんとても巧みに編集されていて、見出しや画像やリストなど、とっても読みやすいです。本当に感心してしまう。
けれど、これを今の私がやろうとすると、なかなかハードルが高くて…きっと3日坊主で終わるでしょう(笑)。

私がnoteを再スタートする目的は、たった1人の私のため。

読まれたら嬉しいけれど、今こうやって言葉にしているように、今日1日の自分の心を通っていった諸々の出来事と、私の中に起きた心の動きを、ただ手に任せてタイピングするだけ。

それくらい何も考えず、書く内容にもこだわらずに、ただ綴って出すということをしてみたくなりました。
今は不慣れ過ぎてアレルギーが出ているたくさんの機能も、続けていればいつか使いこなせる日が来るんじゃないかと少し期待もしています。

形はまだ決まってないけれど、とりあえず流れに任せてやってみる。「やりたいな~」を持ち続けたまま、やれないでいる状態でいるよりは、健全で何よりhappyな気がします。

なんだかちょっとした実験を始めた気分。
これなら明日も更新できそうです。

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