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散花集第1期(001-100)

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花は散ります。有機体は解体します。存在は空想です。有機体とはみなさんのことです。2017/3-2018/4
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記事一覧

100

降り続いていた雪が朝になって溶け始めた。やがて街全体が溶けた。世界には何もなかった。

099

何もない空間が割れた。ひとつ割れると広範囲にひびが入り、ちょっとした風でそれらも割れた。この世はガラスに覆われていた。こんなに脆い世界だった。

098

散歩をしていたらベンチが一個だけぽつんと置いてあった。ちょうど海が見下ろせる眺めのいい場所だった。腰掛けると気の抜けた音がした。驚いて立ち上がると座面が鍵盤になっていた。それだけじゃない。周囲の様子もさっきとは違う気がした。落ち着いて考えることにして、また座った。音は鳴るがもう驚かない。木が動いてるのがわかった。もう少しすると動いているというより近づいているのだということがわかった。木だけじゃない

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097

お婆さんが傘を差したままバスに乗り込んできた。おかしな人だなと思っていたら車内に雨が降り始めた。

096

同棲してる彼女と喧嘩した。それを見ていた歯ブラシが「こんな家二人で抜け出しちゃおっか」などと隣の歯ブラシをそそのかしてどこかに行ってしまった。

095

本を開いたら人間が飛び出してきた。ぼくが戸惑っている隙に続々と現れて、すぐに周囲を取り囲まれてしまった。彼らは「おまえがぜんぶ悪い」「生きていて恥ずかしくないのか」「悔い改めよ」などと罵ってくる。心当たりもないし無視できたらよかったのだけど、その罵声が巨大な文字になって物理的にぶつかってくるからそれも難しい。いまのところはしゃがんだり転がったりしながらなんとか避けているがいつまで持つかわからない。

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094

ラブホテルの前からカップルが言い争っているような声が聞こえてきた。悪趣味とは思うがこういう諍いには目がないので、内容が聞き取れるくらいの場所に座り込んでタバコに火をつけた。「もう、結局身体目当てじゃない」「もうやだ帰る、あんたみたいに安物じゃないんだから」などとモウモウ言ってるのはやっぱり牛で、もう一方は豚だった。彼の気持ちはすごくよく分かったので、申し訳ないと思いつつ間に入って牛を助けた。久しぶ

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093

登山に成功したイカが話題になっている。「彼はおそらく回避性パーソナリティ障害であって、そうすると彼にとってこの登山は回避行動の一種であり、必ずしも喜ばしいことではない」というのが専門家の見立てだが、わたしにはまだイカの専門家としてイカがテレビでコメントしているのを信じられないでいる。もし仮に人間の専門家などという人間が現れたらそいつを殴ってやらなくてはいけないと思う。

092

遺産で受け継いだ果樹園の手入れを怠っていたら猫の鳴き声がうるさくなってきた。様子を見にいくと木に実った大量の猫が早く収穫しろと呼び掛けていたのであった。

091

絆創膏の下がうずうずするので剥がしてみると、小さな虫たちが傷口の修復に勤しんでいた。

090

保育所に乾電池が大量に置いてあったので何に使うんですかと聞くと「元気がよすぎる子から抜いてるとだんだん溜まっていくんだよ」と言われた。

089

ジグソーパズルを組み立てたら猫を抱いた女の子の絵が完成した。満足して眺めていると女の子が喋り出した。「やっと全身が繋がりました。ありがとうございました」。女の子が一礼すると、その拍子に猫が逃げ出した。女の子はそれを追いかけて絵の奥へと駆けていった。のどかな家並だけが残った。

088

爪を伸ばしていたらつられて指も伸びてきた。

087

キッチンタイマーが鳴らないので見てみると、最後の一秒を進む決心がつきかねている様子で2と1を行ったり来たりしていた。