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散花集第2期(101-200)

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花は散ります。有機体は解体します。存在は空想です。有機体とはみなさんのことです。 2018/4 - 2018/7
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2018年4月の記事一覧

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チェス盤を挟んで伝説のチェスプレイヤーと向かい合っている。彼は無敗だった。信じられないことに、彼ははじめて打った時から一度として負けたことがないという話だ。ここ10年ほどぼくは何度も彼に挑戦し、そのたびに負けてきた。今日こそは彼に勝つのだ、とは実は考えていない。今回は彼の強さの秘密を暴くことだけを考えている。だから、相手を撹乱するつもりであえて定跡とははずれた手を何度も打った。しかし彼は涼しげな顔

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115

公園のブランコが揺れている。女の子はおとなしく順番を待っている。他には誰もいない。ブランコはひとりで揺れている。

114

何度も繰り返し観た映画をまた観ている。そしてぼくは祈る。主人公はやがて死ぬだろう。それを知りながら、エンディングが近づくにつれてぼくはいつものように新鮮な絶望を経験する。今度こそ生き残らないだろうか。違う道を選ばないだろうか。そう思っている間にまた彼は死んで、物語は終わった。新しい一秒をぼくは生きている。絶対などはない。ないはずなんだ。その絶望的な祈りをもってぼくはまた同じ映画を再生した。

113

天気予報が今日もはずれた。受け身の姿勢がいけないと思ったプログラマがコードを書くと天気を制御できるようになった。そして彼は自殺した。快晴がいい、日差しを弱くしろ、雨を降らせろと、あらゆる人々の相互に矛盾する要求が彼にのしかかり、精神を病んでしまったのだ。

112

蛇口をひねると水が出て、そこを魚が泳いでいる。水は排水口に流れていく。魚は流れていかない。シンクに跳ね返る水とともに魚は砕け散る。水を止めると魚は消えた。魚は水だった。水の見え方の一種だった。

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彼の呼吸はみるみる荒くなり、顔を赤くしてぼくに殴りかかってこようとする。怒っているように見える。彼自身自分は怒っているのだと思っているだろう。それでも彼にその理由はない。ぼくはただひとつのボタンを押しただけだ。そしてもうひとつボタンがある。それを押してやれば、彼は理性的な意識を取り戻し、なぜ怒っていたのか自分でも知らなかったことに気づくだろう。しかしぼくはそれを押すことができない。彼が怒るのをやめ

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110

喉の奥からこみ上げてくる言葉が口を出る頃には砂に変わっていて、ぼくはもう語ることができない。幸福だ、幸福だ、

109

親につけられた名前を一生使っていくのかと思うとゾッとしたので、役所で相談すると案外簡単に名前を捨てられることを教わった。その場で手続きをして無事に名前を捨てることができたが、「名前の代わりに心臓に刻印されたシリアルナンバーで戸籍を管理する必要があるので、今月中に病院で確認してきてください」などと言われ、途方に暮れている。

108

家を掃除していたら契約書が出てきた。読んでみるとぼくがぼくになった時の契約書のようなので、解約に関する項目がないか熱心に探している。

107

田舎から上京するとたくさんの人がいて圧倒された。混雑は苦手なので人の少ない路地に入った。その瞬間に近くを歩いていた人が消えた。驚いたがしばらく周りを観察すると、大通りから道を逸れた瞬間に消えてしまう人が居た。ひとりふたりというレベルではなかった。逆に居なかったはずの人が大通りに突然出現するという現象も同じくらい目撃した。街の賑やかしのために置かれたサクラということだろうか。しかしこれを誰かに尋ねる

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106

老眼鏡をつけるようになって気づいた。書類の内容が裸眼で見る時より老人に媚びた内容に変わっている。

105

娘の夜遊びがひどいので叱ったらその日から夜中に出掛けなくなった。予想以上に従順なのでご褒美にケーキを持って娘の部屋に行ったら、ちょうど身体から抜け出した娘が窓から出掛けるところだった。

104

顔の様子がおかしい。いま目の前にいる話し相手のことだ。目や鼻といったパーツが明らかに移動している。笑ったら笑顔になるというような自然な動きではない。池を泳ぐ鯉のようにそれぞれが好き勝手に動いているのだ。とはいえ福笑いのようにめちゃくちゃにはならない。人間の顔の範疇から逸脱することはないようだ。しかし確実に人相は変わっている。次に会った時、ぼくはこの人を同一人物だと認識する自信がない。

103

シャープペンシルを使っていてよく芯が折れるなと思ったら、それは正直なシャープペンシルです。きみの書く内容が間違っていることを教えてくれているのです。大事にしなさい。