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散花集第2期(101-200)

100
花は散ります。有機体は解体します。存在は空想です。有機体とはみなさんのことです。 2018/4 - 2018/7
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記事一覧

126

病気がちの母がめずらしく針仕事をはじめた。出来上がってみるとそれは蝶々だった。編んだ蝶は母に似てかよわく、羽ばたく力もないようだった。だからわたしは絵を描いてその中に閉じ込めた。蝶はすこし生気を取り戻したように絵の中で舞い始めた。

200

可哀想な蛍が電球の中で電気椅子に座らされている。

199

毎朝六時には目を覚ますようにしている。ボタンを押し忘れたら大変だからだ。いつどんなきっかけでそれを押すようになったのかはまったく覚えていないけれど、ずっと前に母親に「一日一回必ず押しなさい。忘れないように朝起きたら真っ先にやりなさい」と言われたことだけは覚えている。それから押し忘れたことは一度もない。もともとぼくは忘れっぽくて大学入試も新卒の時の採用面接もすっぽかして次の日に思い出すような不便な頭

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198

ガラスの向こう側に復元された恐竜の卵が展示されていた。卵には幾何学的な模様が入っていて、それに見入りながらぼくは考え込んでいた。なんのためにこんな模様が入っているのだろう。なにかしらの目的があるとして、だれがこのような模様を考え出したのだろう。実際にこの模様が浮かび上がってくるためにどんな作業があるのだろう。いつどのタイミングでそれは行われるのだろう。そしてそのための技術はどこで磨かれたものだろう

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197

気に入らない椅子を丸飲みしたタコが椅子として人間に座られている。

196

この学校の生徒からは悪魔が産まれてくるのだと信じて疑わないPTAからの要請で全校集会が開かれた。どうやら隣のクラスの女子が妊娠してしまったらしいのだ。校長は厳しい表情をして不純異性交遊は禁止されているということを長々としゃべった。こんなことをして何かしら効果があるとでも思っているのだろうか。わたしたちはごく自然に大人の目につかないところで行為に及ぶようになった。当たり前だ。そもそも校長の話なんかを

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195

カフェで書き物をしていると、若い男女に連れられた女児が「猫壁やりたい!猫壁〜!」と駄々をこねはじめた。若い母親はしょうがないといった表情で「はいはい猫壁はお外でやりましょうね」と娘をなだめつつ外に出ていった。ゲームか何かだろうと思って書き物に戻った。すこしして窓の外に目をやると、猫がきれいに積み重なっているのが見えた。何の催し物だろうと思ってしばらく観察していると、さっきの女児がどこからともなく猫

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194

外を散歩していたら人だかりができていた。大道芸人が何やら芸をやっている。特別用事のないぼくは群衆に混じってそれを見ていた。あっという間に時間が過ぎた。大道芸人は最後に難易度の高い大技をやると言って、それがどんなに難しいのか、どんなに危険なことなのか、どれほど練習を重ねたのかをアピールしはじめた。彼がやると言っているのは、はしごを五つ重ねた上にバランスボールを乗せて、その上で火のついた棒を五本使って

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193

年々暑さが厳しくなっている気がする。夏が暑い。アイスを求めてコンビニまで歩いていたら、道端に血を流して倒れている男を発見した。これは通報した方がいいんだろうかなどと考えながら歩いていると、男はぼくに気づいて「おれは冬を預かっているんだ」と口走った。よく見ると傷口からは雪、赤く染まった雪が漏れ出ていた。「たのむ、代わりに次の冬まで持っててくれないか、その次のことは考えなくていいから」と言われ、ちょっ

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192

母が化粧をしながら誰かと話している。とはいえ家の中にはぼくと母のほかに飼い猫しかいないのだから、単に独り言を言ってるのだと思っていた。ところが段々と母の声が激しくなってなにか口論のようになってきたので、さすがに放っておけなくなって様子を見にいった。「誰と話してるの」と聞くと、「うるさいわね」と鏡の中から聞こえてきた。「いまアドバイスしてるんだからあんたはどこか行ってなさい」「あんたとはなによ人の息

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191

水道のトラブルを修理するという業者の広告マグネットが郵便受けに入っていた。特になにも考えず冷蔵庫に貼り付けようとしたら冷蔵庫が暴れて中身を全部吐き出してしまった。ぼくは直ちにマグネットをゴミ箱に突っ込んだ。根気よく冷蔵庫を慰めていると機嫌を直してくれて「また昔みたいに中に入る?」って言ってくれた。

190

やっと夢が叶ってプロの野球選手になれた。大勢の観客に見守られながら迎えた初打席でぼくの打ったボールはぐんぐん伸びてバックスクリーンに入った。やった!と思った瞬間、場内から歓声が消えた。ピッチャーもキャッチャーも審判も消えた。気がつくと球場には誰もいなくなっていた。ぼくは騙されていたのだろうか。部活を頑張って甲子園でも結果を残してやっと立てたプロの舞台だった。それは間違いない。それでもここにはもう野

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189

社交ダンスの教室に行ったら人の姿はなくただ影だけが床の上を踊っていた。

188

ねこがとつぜん飛び出してきたからビックリして声を上げてしまった。その声にねこも驚いて全身の毛が抜けてしまった。そして何事もなかったかのようにかつてねこだった者がのそのそと歩いていった。毛もその後を追った。